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空気の日記

山田亮太

  • 4月6日(月)

    私は宣言するだろう。
    望まれた休暇と労働のために。
    適切な距離を保ったまま
    息を止めるひとりのために。

    東京都・調布
  • 4月29日(水)

    熱海に行ったのだった。
    海外からの観光客のすっかりいなくなった静かな街をゲストハウスのスタッフと歩いて、いつまで続くかわからないけれど、ゴールデンウィークは厳しいでしょうね、でもほらインバウンドは難しくても国内旅行なら

    ロシアに行くはずだった。
    ウラジオストクからハバロフスクまでシベリア鉄道で移動する、仕事以外で海を渡ったことのない私が初めて計画した海外旅行に備えて、ガイドブックを買って、キリル文字の読み方を勉強して、今回のツアーは催行されない感じでしょうか、先行きが不透明なところかと思いますが、この時期の海外渡航に不安も感じており

    家にいろ。
    元通りのにぎわいも落ち着いたころもいつかやってくる保証はない。
    できるだけ多くの怒りと疑いを心にたくわえ、私は家にいろ。

    東京・調布
  • 5月22日(金)

    名前と顔写真を公開し暴力の手口を克明に記した
    一連の騒動が起ってから3ヶ月後
    死に目に会えなかったし葬儀にも出席できなかった
    手作りの雑貨やアクセサリーをオンラインで売って
    キャパシティをオーバーしていたから引き留める人はいなかった

    もとより欠陥だらけの制度だ
    みんなさして年齢が変わらない10代の少年たち
    眠りたいときに眠り起きたいときに起きる
    カメラはズームし口元を映し出す
    くちゃくちゃと過剰に音を立ててサンドイッチを頬張り
    得られた金の使途を3つに分ける

    1辺の長さが20cmほどの立方体のボックスを指定の段ボールに箱詰めしていく
    午前と午後で1枚ずつ使用する
    「ねえ、ちょっと近くない?」
    「ほら、2メートル」
    入場時の検温義務もなければ席と席を隔てるパーティションもない
    黒い手袋をはめた手で赤い花柄の手に触れる

    致死性を跳ね上げる凶悪な変異
    鳥のくちばしのようなものがついた奇妙な黒い仮面
    顔面を含めた全身が完全に黒く覆われる
    取引の最中で素顔から感情を読み取られるのを避けるため?
    さまざまな憶測が流れたが真の理由を明らかにしない
    握りこぶしほどの大きさの真紅の球体と十字状に組み合わされた木片
    その二つが一本の紐でつながっている
    力を加えると球は空中を回転し木片の持ち手部分で絶妙な均衡を保って静止する

    脅迫的な懇願を前に断るという選択肢はない
    大人数をひとつの部屋に押し込め順繰りに歌を歌わせる
    連携したブースの音声と映像はモニターから確認できる
    マイクに向かって宣言すると四方の壁が点滅し画面は無数に分割される

    大げさな身振りで頭を抱え肩を揺さぶって問い詰める
    本名を隠すためにお互いを番号で呼んだ
    「きっと奴の時計が狂っていて、1時間進んでいるんだ」
    忠誠心が試されているのだ

    鎧のように重厚で派手なドレスに身を包んだ女
    カウンターに身を乗り出してとぼけるような表情を至近距離から見つめる
    店内をぐるりと見渡し威喝するような目で睨みつける
    異例の速度で商用化を承認されもっともはやく市場に出た
    人間の利害とは無関係に自律して存在すべきもの
    起動して最初に見た人物を親だと認識する
    停止させることはできない破壊するしかない

    2人に帰る場所などない
    外で寝るのは心細い
    衣服や身体に付着したウイルスを死滅させる
    「多数の研究論文によって効果が証明されています」
    「専門家会議でも認められています」

    巨大な球体が天井から吊り下がっている。
    球体は緑色にぼんやりと光っている
    それ以外の明かりはない
    球体を挟んで向かい合わせに座っている
    堅すぎず柔らかすぎもしない適度な弾力性のある椅子
    緑色の光に照らされたお互いの顔だけが見える
    人差し指を左目の下に当てる
    指を下に引っ張りベロを出す
    球体はゆっくりと青に変わる
    やがて白くなり輝度が高まる
    あなたの顔がはっきりと見える

    ここまでに2万円ほど課金した
    これは猫を救うための行為でもあるのだ
    ベンチの両端に座る
    本気の殺意がないと起動しない
    小声で耳打ちする
    人々は新しい生活様式に則しているかどうかを互いに監視しあい
    それに反した行動をとる者を法の埒外で私刑に処す
    私たちは過大な労働と移動の負荷から解放された

    1階の事務所から2階の自宅へと移動する
    「俺たちはどうだ? まともな人間か」
    3人が一斉に手を挙げた
    帰宅するなりポストにあるものを見つける
    「おい、たいへんだ! 届いたぞ」
    それを右手と左手に1枚ずつ持って掲げる

    4人の人間がテーブルを囲んで睨みあっている
    暗号めいた言葉がときおりつぶやかれる
    私たちが葬り去ったはずの制度や価値観
    与えられた様式を遵守するのではなく思考によって自ら決定していくこと
    4人は手元のブロックを熱心に幾度も並べ直す
    決死の覚悟でひとつのブロックをテーブルの上に置く

    東京・調布
  • 6月14日(日)

    前後2週間のからだを背負って歩く。
    息切れして早く家に帰りたい日曜日の午後。
    私もあなたも等しく弱い命を持った人間である。

    東京・調布
  • 7月7日(火)

    この前の選挙、誰に投票した?3,661,371(59.70%)〇〇〇さん?844,151(13.76%)それとも△△△さん?657,277(10.72%)え?612,530(9.99%)なんでその二択?178,784(2.92%)いや、どうせどっちかだろうと思って。43,912(0.72%)ごめん、偏見です。22,003(0.36%)やっぱり◇◇◇さん?21,997(0.36%)人気あるよね。20,738(0.34%)全世代で圧倒的に支持されたって。11,887(0.19%)なんで投票した前提で話してるの?10,935(0.18%)ごめん。8,997(0.15%)そうだよね。5,453(0.09%)半数近くの人は投票してないって。5,114(0.08%)え?4,760(0.08%)そもそも東京都民じゃないし。4,145(0.07%)そうなの?4,097(0.07%)あ、東京都の本日の新規陽性者数は106人です。3,997(0.07%)うん、急にどうした?3,356(0.05%)東京オリンピック開幕までいよいよあと二週間となりました!2,955(0.05%)やらないけどね、今年は。2,708(0.04%)全国、全世界のみなさん、東京でお会いしましょう!1,510(0.02%)

    東京・調布
  • 7月30日(木)

    失われた猿を求めて病のために率で死ぬ人と話す疑や触が増えてきて独自の基準で私は立てこもろうどんな日か考えるのをやめる口で言う慣れているから画の声は小さくて耳を澄ます接続が安定して机を挟んで届くその手を握り締めてみたいと今日を終わらせるための練習をして不通であることの意もありはしないほらさっき見たままだ夜から朝へ近づいてくる失われた猿を求めて羽根を開いた孔雀を待っていたのが奇跡だったの友人だったの最後に会ったのはいつ次にいついないこどもを引き取るのがよくうつるやつじゃなくてよかったねどうやっても制御できないものを呪う思いつきを封じ込めるいかに今日が素晴らしいのか語ってばかりいて

    東京・調布
  • 8月21日(金)

    弟 1 の、あるいは弟 2 のだったか、いずれかの弟の同級生に不登校児がいるという。彼は 小学校に行かずに何をしているのか。インターネットをやっているという。インターネット ってあれでしょ? 調べものをしたり、Eメールをしたりするんでしょ? 母に頼まれ、私 は彼に E メールを送ることになった。私は彼と会ったことがないし、E メールなんて書い たことがない。いったい何を書けばいいのか。ひとまず自己紹介をして、好きな音楽やマン ガのことなどを書いた気がする。がんばって学校に行くように、といった説教は書くべきで はないとどこかで教わったから書かなかった。彼から返信はなかった。本当に届いているの だろうか。しばらくして、彼は私の E メールを読んだらしい、返事はないかもしれないけ どまた送ってね、と母から言われる。私はもう一度 E メールを送った。やはり返信はなか った。

    あなたは言う。家庭とはおぞましい場所だ。すべてのこどもは養育施設に集められ、家族か ら切り離されて育つべきだ。この国の誰もが誕生したその瞬間から一律に国家による管理 の下、平等に適切な教育をほどこされるべきだ。そうすることによってだけ、血縁への執着 と無責任な願望に染まった忌まわしき家庭の呪縛から私たちは解放される。

    考えられる限りで最悪の人間が育つとしよう。ものを盗み、人を殴り、家を燃やす。加害に いかなる痛みも伴わない。あるいは伴うとしてもそれを超える行為への衝動がある。理由が ある。企みがある。だがこんな想定は無意味だ。どれほど恵まれた環境で、適切な方針のも と、多大な愛を注がれて、大切に育てられようと、人は、最悪の行為をなしうる。

    誰であれ、自らの命と生活を守ることを何よりも優先してよい。これが原則だ。もしもあな たの選択が、あなた以外の人、すぐそばにいる人、遠く離れた場所にいる人、顔の見えない 人々の命と生活に関わるのならば、そしてその数が多ければ多いほど、選択の根拠は複雑さ を増す。高度な判断を要求される立場にある者は、できるだけ誤りの少ない判断をくだすた めのコンディションを整えておくべきだ。そのための休暇も必要だ(いや、誰であれ、休暇 は必要だ)。だがもしも、あなたに最初から正しい判断をくだす能力がなかったとしたら? あなたの不在こそがむしろ望ましいとしたら?

    東京・調布
  • 9月12日(土)

    ひとりひとりに居場所があり
    犠牲にしない社会が強い。
    意志は示しておかないと
    信用は損なわれる。
    域内に敵と味方をつくり
    分断の中で存在感と発言力を維持する。
    応じた者と応じなかった者。
    自助、共助、公助、そして絆の既得権益。
    倫理と利益の持続可能な両立。

    東京・調布
  • 10月4日(日)

    図書館へ行く。滞在時間を一時間以内とする制限は相変わらず設けられたままだが、座れる場所は以前よりも増え、利用者の数も通常時とさして違わないように感じる。先月まであった感染症特集コーナーはなくなっていたが、いまだオリンピック関連本は階段横の特設棚にそれなりのスペースをとって陳列されていた。小脇に抱えた本が12冊になったところで、選別をはじめる。図書館では10冊の本を借りると決めている。この図書館は20冊まで借りられるのだが、20冊では持ち帰るには重すぎるし、8冊とか14冊とかだと、いったい何冊借りたのだったか返却時にわからなくなりがちだ。それでちょうど10冊。12冊の中から借りるのをやめる2冊を選ぶ。この作業にはいつも時間がかかる。一度は借りたいと思った本の中から、ここからの2週間手元に置いておきたい本としてよりふさわしくないものを、全体のバランスやボリュームも考えながら、選ぶ。最後の1冊がなかなか決まらない。最終候補の三冊のそれぞれの冒頭を読み始めると、どれも諦めるには惜しい気がして、また別の本に目移りしてしまう。大丈夫。まだ時間はある。まだ一時間たっていない。

    集団を構成するものがすべて同質だった場合、集団の中の一個体の安全を脅かす危機が訪れたとき、他の個体も同様の理由で危険にさらされるだろう。そのため集団が全滅する可能性が高まる。したがって内部に多様な質の構成員を抱えた集団の方が、そうでない集団よりも強い。当初は多様な構成員からなる集団であったとしても、集団の中に他の個体に対していちじるしく強い影響力を持つ個体がある場合、時間経過とともに集団内部の同質化が進行する。しかしこのことがただちに集団から多様さを奪うとは限らない。集団の中にはときに、他の個体からの影響を受けない異質なものが存在するからだ。それら異質なものたちによって、集団の存続は支えられている。けれどもしも、異質なものたちを、異質であるといいう理由で排除する機構を当該の集団が備えていたならば、全面的な同質化はたちどころに完了するだろう。

    図書館で借りた寺山修司のエッセイ集を読む。冒頭のエッセイで寺山は「一人で戦争を引き起こすことは可能か」というタイトルの自作の詩について言及している。その詩がどこかで読めないか調べるが、わからない。少年時代の作だというから未発表の詩なのかもしれない。あるいは、そんな詩は書かれておらず、寺山が論旨にあわせてでっちあげた可能性もある。

    東京・調布
  • 10月26日(月)

    ソン・イェジンが出演するドラマや映画はあらかた観つくしてしまったので、もう一度「愛の不時着」を最初から観る。字幕を韓国語に設定する。音と文字の対応はかろうじて覚えたつもりだが、早口だとまだ追えない。セリフの意味は記憶をたどるよりほかないが、まれに聞き覚えのあるフレーズが耳に残る。いま、カムサハムニダって言ったよね。北と南の軍が対峙して銃口を向け合う。そういえば序盤にこんな緊迫したシーンがあったんだったなと思い出す。

    週末に訪れた新大久保の街は、路上も店内も多数の観光客でひしめいていた。大半は10代から20代の女性たちだが、しばしば年長者のグループも見かける。ときおり外国語も聞こえてくる。彼らはやはりみな居住者なのだろうか。大きな通りに面した、チーズタッカルビを提供する店はどこも行列をなしていたから、路地に入ったところのシックな韓国料理屋で昼食をとる。キムチがおいしいと感じたのは初めてだった。この店のキムチが特別においしいというわけではなく、きっと私の味覚が変化したのだろう。知識は人間の嗜好を変える。

    化粧品やアイドルグッズを売る店の店内は、肌のきれいな男女のスターたちの写真で埋め尽くされていた。場違いなそれらの店をくまなく観察すると、いたるところでヒョンビンに出くわした。役作りのために彼は、北朝鮮の方言を2ヶ月半ほど練習したという。ヒョンビンがおすすめするシャンプーセット(ポスター付き)を買うべきかと一瞬だけ迷ったが、思いとどまった。私があともういくらか若く、女性だったならば、きらびやかなこの世界のとりこになるのは必定であると思えた。

    韓国食材を売る店で、じゃがいも麺と調味料、そしてなぜか置いてあった「愛の不時着」下敷きを記念に買って帰った。下敷きなんて買うのは小学1年生のとき以来だ。

    言語のオプションに韓国語を追加し、でたらめにキーボードを叩く。子音と母音、パッチムが組み合わされてその都度ひとつの文字が出現するのが心地よい。だがキーボードと音素の対応がわからないので、狙った文字を出すのは難しい。結局、ソフトウェアキーボードに頼り、私は初めてハングルで文を書く。

    안녕하세요
    사랑해요
    손예진

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