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空気の日記

田中庸介

  • 4月5日(日)

    Society 5.0が攻めてくる
    すべてがアイティー化された情報化社会

    きょうからはじめましての講義はバーチャル化
    体育実技もバーチャル化
    期末試験もバーチャル化

    すべてはバーチャル空間に移されまして
    Zoom, Zoom, Zoom, ……

    春一番に
    解体される大学
    概念としての大学
    が残るか

    Zoomソフトウェアによるバーチャル講義
    についてのZoomによるバーチャル講義をやりましょう
    情報システムエンジニアはものすごいハイテンション
    学部から学部へと飛び回る

    まったく
    すごい風が吹いている

    3つございますGoogleメールアカウントはこのように使い分けます
    ログイン間違えると所定の機能が発揮できません
    Zoomでも出席をとる方法があるんですって
    え、知らなかった、そうなんですか、教えてください
    そうしてPowerpointの画面をボタンは送信する、これ

    ウイルスの脅威はフィジカルの最たるものなのに
    ますますバーチャル化する観念
    その地平。空間。事物。

    連携する、
    すごく楽しい、
    だが
    コンセント一本ぬかれたらすぐに終わってしまう
    Society 5.0
    (バックアップ電源はありますけどね)

    それは
    呼吸がとまったら
    まっさきに終わってしまいそうなおれたち、
    おれたちのつむぐ
    思想も

    この春のはかなさの
    ほろ苦い
    タケノコのような
    比喩
    として

    東京・本郷
  • 4月28日(火)

    自宅待機して自分と向き合う
    それには
    To-Doリストが良いよ、スマートフォンに記入すると
    パソコンでも見られます、予定表ともリンクできます、ウェビナーも立ち上がります
    Things to do
    それもこれもあれもやりたい
    やるべきであろうことを
    毎時毎時に切れ間なく書き込む
    Things to do
    が15項目に積み上がる

    15時間働いても終わらないよ
    終電もないから
    誰にも歯止めがかけられない
    封鎖されたキャンパスからZoomの講義を発信する
    掲示板とウェブチャットで双方向コミュニケーション
    はいどうぞ
    Zoomで簡単に盛り上がるリアルタイムアンケート
    それから瞬時に採点される小テスト
    はいどうぞ

    申し込んであったドイツの光学ウェビナーが自動で立ち上がる
    申し込んであった雲仙のエコウェビナーが自動で立ち上がる
    封鎖された
    その学園都市の本社
    朝の光
    あの奥の部屋のあの顕微鏡装置のあの白い大きな蓋があいて
    ヤッホウ
    なじみ深い
    ミラーやフィルターやパルスレーザーやシャッター
    それらが
    リアルタイムで
    画面いっぱいに顔を出す

    雲仙では
    奥津さんのおくさんが
    土用のときには緑茶とうめぼし
    そしてゴボウ
    遠くの部屋にある遠くの機械の内臓部分
    すべてが一つになっているソフトウェア
    そして遠く遠く
    甘いものは控えめにしましょう
    あなた自身のために
    どうか
    血を

    攻撃してくるウイルス、能力不足、そしてあれもこれもの〆切
    とつぜんZoomは落ちて瞬時に学生にホスト権限を奪われてしまう
    ログインできないトラブル、いつまでも終わらぬセッション
    すべては煙のように
    Spotifyでジャズをきこう
    もう誰も起きていない
    もう誰にも奉仕したくない
    もう誰のためでもなくて
    深夜の
    ちいさな
    自分に戻る
    セッション

    東京、西荻窪
  • 5月21日(木)

    深夜に
    ことばが立ち上がる

    論文の直しというのはとげぬきのようなものだと思う
    (1) はーい賛成
    (2) 反対

    どちらですか

    深く呪われている
    北のみずうみの底に
    燃えあがる陽炎のような何かがある

    どうせ自分は大したことはない
    自分はじつにスゴイもんだよ
    この二律背反の気迷いの中から
    薬草の根っこのような
    熱い本質を引っこ抜く

    まずは文法がめちゃくちゃ
    図表の番号がめちゃめちゃ
    話の筋がどこかに行って
    図の縦横があわさっていない
    あきらかに入れるべきことが欠けている

    表面の雑草を刈るように文法を直していく
    するといま見えてくる地肌の粗さ、それを遠くからトングでつかんでこね回す
    ぴたっと当てはまるとかちっと音が出るよ、ご名答
    最後まで行ったら鋸でまっぷたつ
    ハサミでじょきじょきとプリントアウトを切ってセロテープとホチキスで貼り合わせる
    そしてコピーをとって
    写メをとって
    メールで転送

    返ってきたらすぐにプリントアウト
    ハサミで切り刻む
    のりでとめる
    またスキャンして
    メールで送ろう

    沼のように深い絶望が
    身体のゆがみとなってことばの水面を泡立たせる
    ついまた見落とされる全体の構成
    背骨のバランスがとても悪い
    錯誤、混乱
    そこまで自己批判しなくていいのに
    ものすごくものすごく
    悲劇的な考察

    それを
    ひとつずつ
    ご供養する
    ように

    のしかかられた肩の重みが
    すこしずつ
    楽になる
    ように

    在宅勤務のために買った
    白い
    プリンタ用紙500枚、
    こうして
    誰かの
    とげを抜こうとして
    きょうは
    全部
    使い終わった

    東京・西荻窪
  • 6月13日(土)

    人体発生学の講義5回と神経解剖学の集中講義12回
    ことしはすべてZoomでやることが決まった
    ところが!
    すず1歳が40度の発熱5日間
    ものすごく不機嫌でぐずりまくり
    ひょっとして例のあれだといけないので
    大学に出られない
    そこで自宅から講義する

    自分のバーチャル背景にはハワイの波打ち際が流れているから
    どこから中継しても問題ないはず
    台湾料理の紙箱弁当を食べてから
    パワポの画面を繰りだしながら説明する
    そして毎回10問のブラッシュアップテスト 自動採点されますから感想も書いてね
    次々と侵入してくる1歳女子の泣き声、4歳女子の喚き声
    感想「難しいです」
    感想「わかりやすかったです」
    感想「お子さんの声にほっこりしました」

    赤ん坊の神経は頭のほうから少しずつ髄鞘化が進んでいく
    つまりだんだんしっかりしてくるということ
    一年になるとそれが完成し
    きょう、下の子が
    やっと立つことができました
    おめでとう

    大学の先生とお父さん
    それに基礎医学の研究者、ときどき詩人
    赤子は突発性発疹と診断される、そして治る
    シームレスに相互乗り入れする
    人生をひとことで説明するのは難しい、
    難しいからこそ面白いのだ、六月の雨は
    いつまでも解かれない秘密のように降りつづく
    ふりほどけない
    いくつもの関係性が
    毎日毎日
    ぼくらの上に積もってゆく

    明晰に
    歳を重ねつつある人々の心には
    うつくしい毛糸玉のような
    小さな塊がある
    それが編み物をするときのように
    くるくる解けながら
    回っている

    右回りなのか左回りなのか
    誰にもわからない
    そんな毛糸玉を
    ぼくも持ちたい

    東京・西荻窪
  • 7月6日(月)

    ゴオルラインに走りこんでいく
    オルラインに走りこんでいく
    ルラインに走りこんでいく
    ラインに走りこんでいく
    インに走りこんでいく
    ンに走りこんでいく
    に走りこんでいく
    走りこんでいく
    りこんでいく
    こんでいく
    んでいく
    でいく
    いく

    言うことを聞かない午後十一時。

    東京・西荻窪
  • 7月29日(水)

    百万遍から京都駅へ
    弾丸的な一泊出張が終わって
    お勧めされた206番系統でなく17番の市バスに乗る
    出町柳駅前を通り過ぎ
    河原町通りに左折
    府立医大病院前を通過
    河原町丸太町(「ち」の発音が京都らしいな)
    朝乗った河原町三条(時間を調整しました)
    四条河原町(時間を調整しました)
    と京の町をひたすら下ります

    河原町正面
    七条河原町
    京の酵素浴 のお店がある
    ラーメン屋餃子屋
    おしゃれなリノベーション文化施設
    そして塩小路通りにつきあたって右折
    新幹線の向こうに奈良線が見える

    僧形の文人と相対してカレーを食った
    ご先祖さんの日記のリバイバル冊子
    十二歳の女学生は文体をさらさらと流れる
    叡電元田中の駅前
    開け放った戸口から
    七月の風が吹きこんでくる
    柳原町から米騒動が生じたことを
    日記に書き忘れるなと怒られた
    と、また
    その日記に律儀に書いている

    市営住宅の再開発
    どの建物も
    白い幕に覆われている
    小川の橋の上にも白い幕がかかって
    工事現場として
    歴史に幕がおろされる
    ああ
    芸術の力によって
    低いところが埋められていく
    東京もまたいそがしくめまぐるしく
    西荻北口の道路拡幅
    麻布我善坊谷の再開発
    あったことなかったこと
    なかったこと、出会ったこと

    下鴨神社に河崎の社が再興された
    何かよくわからないが
    ものすごい力が降りてきている
    全国の田中さんたちよ
    刮目せよ

    京都
  • 8月20日(木)

    コロナで遠方へ出られない夏休みに
    実家の子供部屋を整理することになった
    まず段ボール箱を60箱発注
    箱と言っても折りたたんだ板。
    腰の高さまで重なっている

    子供部屋は30歳で出奔したときのまま
    黒くよどんで埃が積もっていた
    学生時代の教科書
    学生時代に影響を受けた生物の本
    学生時代に買いそろえた脳科学の本
    アウトドアの本、地図、エッセイ集、詩集歌集哲学書。
    棚一杯の文庫本。古今東西の名作。椎名誠全部。
    木山捷平。安岡章太郎。赤瀬川原平。開高健。
    なんだかわからないコピーの束。
    なんだかわからない書類の束。
    そしてこれは幼年時代の日記。
    これもそうだ。
    これもまた。
    親切な子孫がいつか
    書物にしてくれる
    そのような幸運にめぐまれるか
    まったく誰にもわからないが
    箱にまとめてとっておこう

    家も建てて
    五十年が経つと
    もはや屋敷神のようなものが住みついて
    人間たちの去来をみまもっている
    入れ替わり立ち代わり
    生まれ変わり死に変わり
    いろいろな方面の《教養》を摂取して
    さまざまな《仕事》を残していく

    著者として、あるいは編集者として
    それぞれがつくった
    大量の本。

    この家を建てた
    父も
    母も
    もはやこの世のものではない。そのかわり今は
    新しく家族四名がうごめいている
    この家に激しくエネルギーが流れ始めた。
    今は。
    そうだ。
    本を出そう。新しい本を。
    そうしてこの部屋はもうきれいに片づけて
    子供たちに使わせよう

    東京・西荻窪
  • 9月11日(金)

    時代はますます加速して
    あそこにあるあの機械を使うためにだけ
    京都にまた日帰り出張をすることになった

    東京駅を午後に出て
    新幹線の終電で帰る
    「のぞみ」だと東京から2時間15分
    13,970円
    高いけれどとても近い
    ICカードで乗ると指定席はコロナでがらがら
    両側の窓際に乗客がひっついている

    炭屋だか柊屋だかに
    親類の文士が泊めてもらったとき
    犬の頭をなでようとして女将に(この子は
    京都弁でないとわからない、から、
    かしこいなー、(か、にアクセント)
    かしこいなー、(か、にアクセント)
    とほめてやってくださいとご教示をいただき
    その通りに褒めてみたら犬がやっとなついた
    というような逸話も今は
    昔のことである

    深沢七郎に
    「銘木さがし」という掌編がある、これは
    銘木好きの人たちに触発されて
    気がついたら
    京都まで行ってしまうというお話。
    中公文庫の
    『言わなければよかったのに日記』
    で読めますよ、

    志賀直哉の「ある一頁」という小説も
    京都に入ることを書いている。そこには、
     
     「何処ですか」といふのに、
     「よ条小橋」(よ、に傍点)と云つたら、
     「四条(しじょう)小橋ですか」と直ぐ云い直された。彼は何だか
     みんなが寄つてたかつて乃公を侮辱するのだ
     と云ふ気がしてきた。

    とある。結界にひっかかっている。
    読めなかっただけなのに――。

    南北に地下鉄が走る烏丸通、
    そこから東に向かって
    鬼のように
    東洞院、高倉、堺町、柳馬場、富小路、麩屋町、御幸町、
    と来たら寺町通。それから新京極があって河原町。

    これに直行するのが
    東西に地下鉄が走る御池通、そこから南に下がって
    姉小路、三条、六角、蛸薬師、錦小路、そうして四条
    四条通りには阪急京都線が走っている
    昔の新京阪電車である

    この小宇宙。
    (全部、読めましたか?
    (ジンジャーエール飲みたいな、

    はい、おおきにありがとう
    京都はことばで千年も結界を張っている

    京都
  • 10月3日(土)

    実家の整理。子供部屋の机は捨てちゃったから、亡き父の書斎を一時的に引継ぎ、この部屋をやることにする。

    三畳くらいの洋間。二階の突き当りにある白ペンキのドアを内側にあけると正面の窓に向かって白い事務机。ガラスがのっている。

    左の壁には一面に株価のチャート。震災の直前、母が亡くなるまで毎日つけていた。

    事務机には工場で使う二灯組の蛍光灯が天井からぶら下がっている。かなり明るい感じ。

    机の上には木枠が組まれ、落語とか音楽とかの勉強ノート、毎日の詳細な日誌のファイルなど。保存状態は全体的にまあまあだが、硬めのプラスチック、これだけはダメだね。ぼろぼろに経年劣化している。

    これを片付け、引き出しの中の大量の音楽MDを片付け、右側に天井まで一面にある造りつけ書棚の整理に入る。茶色のラワン材で枠が組まれて、ところどころに棚板が乗っている。板が厚いので45年たってもまだ狂っていない感じ。

    手前にうず高く積まれた実用書や近辺のスナップ、古都古寺や江戸歴史散歩のガイドブックを取り除くといよいよ核心部に迫る。

    さまざまな勉強をした形跡が静かに茶色に変色した蔵書の山となって立ちあらわれている。

    まず左上から西田幾多郎全集。全巻揃い。

    次に津田左右吉全集。全巻揃い。

    次に三木清全集。全巻揃い。

    この三つで思想的な防壁が家の南西の裏鬼門の角に築かれている。
    これを片付けることが戦後の何かをついに崩すことにならなければよいと思いながら片付ける。

    津田左右吉と資本論は西荻のHさんに持っていってもらうことに。あとは箱に詰める。

    慶應の医学部で勉強をしはじめて健康問題で挫折、成蹊の経済に入りおそらく江戸の農学経済史を専攻、さらに独学で電気工学を学んだ形跡が、教科書の山となって残っている。これは解剖のメスを入れる木箱(苦笑しながら処分)。石川淳も網野善彦もある。大量の数学の本もあるし、宇井伯壽の印度哲学もあれば経営学もあり、各種語学本も揃っている。むすこが書いたものも収集されている(恥)。

    津田左右吉も三木清も、舌禍によって公職を追われた学問の徒である、戦後に社会派の物書きを志し、その後実業に転じたこの部屋の主人の理想を髣髴とさせる。

    会えなかった祖父の写真や父の遺稿も出てきた。甲府・深町の少年時代の詩的スケッチはまた、いつかどこかで活字にしてあげよう。

    東京・久我山
  • 10月25日(日)

    実家の整理

    秋雨前線

    詩集の校正

    合間をぬって

    青空。
    あかりの保育園の運動会。
    だからきょうは近くの小学校に行くのだ

    集合は10時50分、
    コロナ対応だから学年別にさせていただきます
    3歳児5歳児クラスがおわって
    やっと4歳児クラスの運動会。

    まずはかけっこ。最後のどんくさいグループにいれられて
    それでも健闘して彼女は2位であった。

    つぎに大きなカラフルなタープをみんなで音楽に合わせてぱたぱた。
    組体操のような。

    それから大縄跳び。
    父母も参加して《パプリカ》の踊りと玉入れ。

    みんなでダンス。園長の祝辞。
    すぐに解散。

    運動会ではないよ
    みんなであそぼうかい
    だよーーーーーと訂正される。

    一気に
    練習の日々の緊張がほぐれて
    入場門のあたりで
    クラスメイトのりくくんと
    りくくんのお母さんとうちのカカと
    思い切りヘンがおのはずんだ写真をとって

    ふつうの週末のふつうの西荻窪のふつうの
    日本語の風景のなかに
    三々五々
    また溶け込んでいく

    東京・西荻窪
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