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空気の日記

白井明大

  • 4月4日(土)

    どうして部屋が散らかってても平気なの
    、て

    週末の朝から昼にかけて
    ぼくとうたの怠惰にして割とおだやかだった
    春休みの日々を
    家族会議にかけることになって

    きみは眼鏡ごしに
    しごくまっとうな怒りと疲れを目に浮かべ
    リビングの真ん中に
    夕べからずっと積まれてる洗濯物を
    見たり見なかったりしている

    畳むのは
    うたの仕事ではあるけれど
    仕事部屋の畳の床に
    本や資料や書類を積んでは崩れさせっぱなしで
    今週も約束の掃除機をかけ忘れた
    ぼくとよく似て
    気が向いたらやるのは
    言われるまでしないのと同んなじだから

    きみだけが心底から
    土曜日の家を
    気持ちのいい空間に変えたいと願ってる

    ぼくはといえばこの島の先行きが気が気でなくて
    四月の今日の清明からはじまる
    シーミーという親戚ぐるみ島ぐるみの供食の慣らいが
    願わぬ結果を招きはしないか案じていたら

    今年のシーミーは中止です
    、て従妹から連絡が届いてた

    それぞれ得意な家事をしようと
    どうにか会議が
    笑い交じりにまとまった後で

    沖縄・那覇
  • 4月27日(月)

    島では
    おやつが
    一日二回あって

    じゅうじちゃーと
    さんじちゃー
    、ていう

    ちゃー は
    お茶のこと
    十時のお茶と
    三時のお茶

    いま
    午後三時で

    昨日
    消毒用のアルコール代わりになる
    六十五度の泡盛を
    蔵元の直売所で買った
    帰りにジミーに寄ったとき
    君が見つけた
    イギリスのチョコウエハースを

    袋から出して
    さんじちゃーにしよう
    、てしたら

    お父さんはそれでおわりね 、て
    隣りで見てる
    うたに言われた

    全部で六つ入ってて
    昨日の夜に一こ食べて
    いままた一こ食べるから
    あとは
    お母さんと
    わたしのぶん

    うたには
    トッポも
    コアラのマーチもあるのに
    それはそれ
    これは三人で三等分、て

    なんだか腑におちない
    お菓子の法則を
    指折り数えるてのひらに乗せて
    うたが自分のぶんのウエハースと
    コアラのマーチを
    持ってったあと

    テーブルの上には
    ふたの開いた
    空箱がぽっかり置かれたまま

    沖縄・那覇
  • 5月20日(水)

    すーまんぼーすー
    沖縄でいう
    梅雨


    晴れ間は
    もう夏日で

    市役所の前で
    ヘイトスピーチをする人がいるから
    そんなことはやめろ


    カウンターがあると聞いて
    ひさしぶりに町に出かけた

    カウンターに集まった
    人がいて

    慣れないまま
    辺りに
    立っていると

    いつもなら
    もう来てるはず
    というヘイトスピーチの
    人が現われない

    まま
    時間が過ぎて
    おひらきになった

    ぼうっと
    する
    家に帰って
    まだ

    外の日を
    ひさしぶりに浴びた

    まま
    立っていたせい
    肌が日に赤くなっている

    人は
    いる

    のに
    いない
    人は

    いない
    のだろうか

    実体が
    ないものを
    憎しみとして
    抱え込むのは
    空洞をこころに
    抱え込むようなもの

    誰かを差別したい
    という気持ちの
    今日の昼のやり場のなさに

    そのまま
    つゆと消えればいいのに
    そしたら
    まただんだんと

    ひなたに立って
    家に帰って
    ぼうっとするくらいには

    人になれるし
    戻れる

    うちに

    *カウンター…人種差別などのヘイトスピーチに対抗する行動

    沖縄・那覇
  • 6月12日(金)

    遅くに眠って
    まだいつもなら物音に気づきもしない
    時間のはずなのに

    電子音で耳だけ起きる

    熱を測っているのは
    リビングにいるんだろう
    きみで

    毎朝
    仕事に出る前に
    測っては 平熱を確かめなくてはいけないのは

    いってきます

    、て声がして
    うたが出かけていくところへ
    起きなくちゃ
    ふとんから出て
    玄関へ向かう

    ドアのわきに
    消毒スプレーがあって
    シュッてしていきな
    、て言ったら
    うんとも言わないでドアを開けると
    マスクをして
    出かけて行った
    もう暑いのに 今日梅雨明けした、て
    さっきニュースが入って
    知った

    学校で
    あの子はまじめに気をつけてるから
    もうコロナめんどくさい 、て文句言いながら
    だから家では楽にさせたげて
    、てきみが言う

    朝ね
    暑い て起きて
    熱測ってみたら三十七度もあって
    きみが話してくれている
    もういちど
    水飲んでから測ったら三十六度五分だった
    、て

    二人が出かけていく
    ほんの短い間に何が起きてるか
    寝てるとふだん何も知らなくて

    たまたま今日にかぎって耳にできたのは
    暑い てぼくの耳も
    いつもよりずいぶん早く
    動きはじめたからなんだろう

    南風が吹く
    梅雨明けの白南風が
    鉦を鳴らして夏を呼ぶ
    カーチーベーが来るより早く

    風も鉦も知らせない
    息苦しさを
    呼ぶ声のずっとしないままでいて

    *カーチーベー……島言葉で、夏至の頃に吹く南風。夏至南風。

    沖縄・那覇
  • 7月5日(日)

    録っておいた
    韓流のドラマを観終わって
    夜の八時になるところだったから
    ニュースに切り替えると

    都知事選の結果が
    投票を締め切ったとたん
    当選確実といって伝えられて
    すでに
    録っておいた映像が
    流されているような感じがしたから
    また韓流に戻って続きを観た

    ゼロ打ちといってね
    、て
    うたに
    あとで説明したのは
    いま選挙が終わったばかりで
    これから数えるのに
    なんでもうわかるの?
    、ていう素直な疑問に
    ぼく自身も首をかしげながら
    これじゃあ
    投票してもむだって思っちゃうよね
    きっとテレビ局も
    どこよりも早く
    当選者を報じたいんだよ
    とか
    そういう話まじりで

    都民から
    沖縄県民になって十年めになるけれど
    基地反対と思って
    一票を投じたら
    ちゃんと基地反対の人が
    議員になったり
    県知事になったり
    そうだよね
    みんな 平和がいいよね
    、て選挙のたびに思えるこの島は
    それだけでもうほんとうに
    東京にいた頃とは全然違うのは
    基地があることがどういうことなのか
    忘れる一瞬すらないくらい
    ひどい出来事が尽きないからだから

    寝る前に
    いっぺんゲームしない?
    、てせっかく
    うたときみが誘ってくれたけど
    なんとか今日の夜十二時までに間に合うように
    いまこれを書いている

    沖縄の人たちが
    どんな思いをしてここまで来たのか
    でもその足もとでまた
    ケーザイケーザイと呪文みたいに言うわりに
    経世済民の意味さえ忘れて
    いつ崩れてもおかしくない綻びを
    いつもいつも
    繕っていく大事さをひしひし感じながら

    ちゃんと人間の手は
    他者と手を取りあえることを
    こんな夜だから
    書いておかなくちゃ

    さっき上等な
    (島では上等って言葉をよく使う
    おばあちゃんもよく言ってた)
    お茶を淹れて
    いま飲んだところ

    幸せを
    心にとめて
    今夜はお酒を飲まないで
    寝てしまおう
    まだしばらくは寝つけないかもしれないけど


    今夜も九州で大雨の予報が出ている
    どうか無事でありますように

    ※経世済民…世を治(経)め、民を救(済)うこと。

    沖縄・那覇
  • 7月28日(火)

    ひさしぶりに
    昼ごはんを
    エンダーで食べて

    ドリンクは
    もちろん
    ルートビアを

    沖縄のソウルドリンク
    と言ってもいいくらい
    こどもの頃から飲みつけて
    おいしくて
    大好きなのだけど

    いっしょに
    お昼にしていた
    きみが
    飲むものがない
    、て困ってるから
    あげたのに

    ストローで
    少し吸ったとたん
    横を向いて
    ものすごく深刻そうに
    顔をしかめたのは

    これは
    これはもう
    ソウル そうつまり
    魂の問題ですよ
    これはもう
    とか

    ルートビアは
    よくネタにされて
    サロンパスみたいな味とか
    薬みたいとか

    魂はたぶん
    誰にでもよろこばれる
    味はしない

    わかんないだろうな
    おいしくない
    、て言うだろうな
    、て思いながら
    ぼくは
    わかんないだろう味を
    おいしく感じては
    うれしくて仕方なくて

    もうちょっと飲む?
    、てきみに聞く

    *エンダー…A&W。沖縄のファーストフード店。

    沖縄・那覇
  • 8月19日(水)

    オンラインで
    詩のワークショップをしたのは
    今日が初めてで
    画面の向こうには鳥取の昼の光が
    小学生と
    大人がちょうど半々
    というのも初めてで手探りなこともあったのか

    終わったら
    どっとくたくたで
    三時間前に昼を食べたばかりなのに
    たまらなくお腹がすいて 厚揚げとごはん一膳食べたところに

    わたしもおなかすいた、て
    うたがヨーグルトを食べようと
    午前中はびくともしなかった
    はちみつのふたを今度こそ
    どうにかして開けようと
    すべり止めにふきんを当てたり
    ふたに輪ゴムをはめたり
    細っこい腕で力を込めても歯が立たなくて

    ぼくも手伝って
    (いまは手の指を傷めていて
    あまり強くものを握れないのだけれど)
    ゴム手袋で思いっきりやっても
    ちょっとも動く気配がしない

    湯を温めて
    熱くなったミルクパンの底を
    ふたの上に乗せて
    熱伝導で固まったはちみつを溶かそうとか
    いっそ瓶を逆さまにして
    湯の中に浸けたりとか
    これならどうかとやってみても
    じっと閉じたまま

    ネットで調べてみたら
    もう試した方法ばかりが載ってる中に
    さすがにこの固さで
    そんなやり方じゃむりだろう、て思いながらも
    ふたの横を叩くんだって
    うたに伝えると
    すりこぎで軽く何回か
    台所から乾いた音が聞こえたあと

    開いたあ
    、て大きな声がした

    おとうさん ガラスの器取って

    おとうさんは何にもしてないから
    うたがはちみつのついたスプーンで
    おとうさんはヨーグルトのついたスプーンね
    、て
    器に盛ったのをふたつ運んできてくれて

    甘い甘いはちみつの
    いつもよりたっぷり入ったヨーグルトを
    スプーンについたのまでなめながら
    二人でたいらげた

    沖縄・那覇
  • 9月10日(木)

    木曜は
    生協さんが来るから
    夕方あわただしい

    、て思ってたら
    今日は午後の三時にはやって来て
    台風で船便が間に合わなくて
    欠品で荷物が少ないから早かったんじゃない
    、てきみが言ったのが本当にそうで

    チャイムが鳴って
    置いておいてください
    インターホンごしに言うと
    荷物を届けてくれた人に
    顔を合わせてあいさつもできないまま
    あとからドアを開けると
    いつもの半分も発泡スチロールの箱がないのを
    玄関の外でふたを開けては中身を出して
    野菜や卵のパックや油揚げやぶどうや冷凍の肉をひとつひとつ
    きみがビニール袋に入れたり
    アルコール殺菌のウェットティッシュで拭いたりしたのを
    ぼくが冷蔵庫にしまっていく

    いつもよりずっと早くて
    いつもなら一人でやるとくたびれきって
    届いたアイスを絶対に
    一本すぐ食べてしまうのだけど
    今日は大丈夫だった
    アイスは来なかった

    ねぇ?
    日常化するの、て
    こういうこと?

    それとも
    これは非日常が続いてる
    、てこと?

    有事も長引けば
    非日常としか思えない暮らしが
    日常に変わる
    それだけのこと

    、て
    わざわざ書くまでもないような
    ささいなことを
    ううん
    わざわざ書いておかないと
    あとあと喉元過ぎて忘れてしまうだろうから、て
    そう思いたくて書いてみている

    あのときそういえば
    そんなことしてたな
    、て
    ふりかえれる日がいずれ来るように

    沖縄・那覇
  • 10月2日(金)

    この日にあったことは
    書けるようなことでは
    ないのです

    へとへとにくたびれ果てて
    それでもどうにか
    難所をくぐり抜けて


    前日雲がかかって見られなかった
    十五夜の翌日の満月を見ようと
    近くを散歩しては
    きれいに出ている月を眺め
    龍潭のまわりを二周
    ゆらゆらとどこにも力の入らない
    足腰をゆらめかせながら歩いた

    この日記の当番の〆切のことなど
    すっかりと頭から抜けていて
    気づいたのはいま日曜の夜で

    おとといの痕跡を見返すと
    こんな言葉をSNSに書き残している

    「いちばんたいせつなものは、目に見えないものだから、目に見えるものは手放そう。そうするしか、一つの指輪を葬る手立てはないのだから。」
    (午前二時頃)

    「というわけで先ほど手放しました。ぶじに火口に溶けていきますように。南無…」
    (午後一時二十分頃)

    すごくすごく長い旅をしていた
    この日は旅のある意味で決着をつけるような日だった
    詩を書いてる余裕は
    なかったんだな

    いつか書くことがあるのかもしれない。ずっとないかもしれない。

    一日の終わりに缶ビール一本飲まないでいられたけれど、思い立って、保存食の箱にしまわれているカップラーメンを取り出し、湯を沸かして、作って食べた。

    沖縄・那覇
  • 10月24日(土)

    おなかがいっぱいです。今夜はおでんでした。沖縄は今朝起きたら、半袖に短パンの寝巻きでは、タオルケットも蹴飛ばして寝ていると、寒くって、足下からひっぱって体にかけて朝寝したんですが、気温は二十度ちょっとくらいだったかもしれません、なので昼窓を開けていても吹き抜ける風が寒くて素足のままではスリッパが欲しくなりました。
    つい三日ほど前だったなら、汗だくになりながら食べていたはずです。今夜は熱々のがんもやこんにゃくやごぼ天や卵に味がしみてるのが、泡盛のロックとよく合うわけです。近所の窯元で、叔父が地元のを飲むものだというからいつもそこで買っている、直営店でしか出してないという甕貯蔵の一升瓶の古酒はおいしくて三千円で数週間は楽しめるから、冷やした端からなくなる缶ビールとはコスパが違います。春のステイホーム中にもお世話になりましたが、今夜はお猪口に氷をつまみ入れては注いで空けてつまみ入れては注いで空けて、おでんとしまーはコンボですね、永久機関です。おかげでおなかがいっぱいで、おまけにほろ酔いのいい気分です。
    ふう。じゃがいもがおいしかったな。メークインは煮てもくずれないで汁を吸っては箸でつまんでほろっとこぼれかけるのを上手にほおばればほろほろと口の中でなだれていくから、辛子をね、ちょちょっと付けるでしょ。やわらかい芋の食感とほんのり効いた辛みのからまりが甘いんです。そこへほら、またしまーでしょう。しまーっていうのは泡盛でね、島酒だからしまーといって、さすがにこっちに住むようになってすぐには恥ずかしくて言えませんでした。しまー。気取ってるみたいで。言い慣れたのはここ三年くらいかなあ。しまー。もう、こののびやかな発声とともに飲む幸せのあふれでる語感がいい。銘柄は瑞泉で。叔父がね、地元のを飲むものだというもんだから……て、話がループに入りそうだから、今夜はこのへんにしておこうかな。餅巾着の大きいのをふたつは多かったな。おなかいっぱいです。今夜はおでんでした。しまーとおでん。そういえば桜坂に悦っちゃんておでん屋さんがあったなあ。髙木さんと行ったなあ。内側から鍵かかってて、とんとんてノックすると開けてくれるカウンターだけのおでん飲み屋さんだったなあ。閉まってもう何年にもなるけど、シャッターわきの壁のところにおおごまだらがとまってた。白い大きな翅に黒いまだらの模様の入った、ゆったりと翅を広げて舞う蝶。ああ、もうあのへんの飲み屋をなんべん何軒はしごしたっけなあ。髙木さん。午後の三時に地ビール飲み屋で待ち合わせて、朝の八時までえんえん飲んで話してあちこち歩き回って埠頭の階段に腰かけたりもして空がとっくに明るくなってて通勤の人たちが行ったり来たりする横で缶コーヒー飲みながら花壇の縁に腰掛けて、じゃあそろそろ、てゆいレールの県庁前の駅のところで解散したっけ。それに比べてみたら、今夜はかわいいものです。お猪口でいま三杯飲んだところ。ちゃんと夕飯の食器も洗いました。あとは、まぁだからもう一杯二杯やって、そんなこんなで寝るかなあ。

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