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空気の日記

三角みづ紀

  • 4月3日(金)

    毎朝 起きる とどこおりなく
    洗濯機がまわって
    食器を洗う手が
    とても 乾燥している

    ほら 部屋のなかで
    わたしたちは常に凝視している
    いや そうじゃなくて
    ほんとうにちがう、うるさい

    失せた食欲と
    ずいぶん乗っていない地下鉄
    飛行機に乗ったのは
    たしか一カ月まえで

    検討したり 意向を示したり
    方針をかためたりするあいだ

    ようやく雪解けて
    かるくなった足が
    町へ向かわない
    明日からも 静かな週末

    次第に
    こころがちいさくなるから
    植物に水を与えて 触れる
    きみたちはつよい

    北海道・札幌
  • 4月26日(日)

    朝焼けが まぶしい大安の日
    病院から電話がかかってくる

    六時間後に亡くなって
    うつくしい顔をしている
    血のつながっていない彼
    ちいさなお葬式の支度をする

    お線香の香りを絶やさないよう
    そばに座ってぼうっとしていた

    白い布のしたで
    もう呼吸はないから
    微動だにしない
    ひどく喉が渇く部屋にて
    ちっとも減らない数を
    毎日、かぞえているけれど
    おじいちゃんは老衰で死んだので
    かぞえられない数だ

    砂糖菓子みたいな骨を
    やけどしないように拾う
    いのちが小さい箱におさまって

    死後の世界が
    あっても なくても
    かまわない

    北海道・札幌
  • 5月19日(火)

    ねむれない日々が定着し
    ぼくはずっと怒っている
    ぼくはずっと不安のなかにいる

    旅にでられなくって
    レーズンやキウイで
    酵母をつくって
    パンを焼いていて
    これはわたしの身体です
    これを受けて食べなさい

    見送られたものは
    いつまで見送られるのか
    手をふって
    笑顔で見送るのか

    ぷつんと糸がきれた四肢が
    宙ぶらりんになって落下する

    そう、昨夜の話。スーパーマーケットからの
    帰り道に、痩せこけたキタキツネに出会った
    でも、野生のいきものに食物を渡せないので
    いつか人類全員でみごろしにするのかなって。

    わたしの身体を受けて食べてほしい
    キビタキのさえずりで満たされていく
    今日は月に一度の古紙回収だった

    北海道・札幌
  • 6月11日(木)

    とつぜん夏がきて
    雨が降る日々が訪れて
    季節の配列が行方不明

    二ヶ月ぶりの地下鉄に乗って
    あの庭で待ち合わせた
    はまなすの花の咲く庭

    つよい日射しのなかで
    ぼくたちが笑っている
    そうして こわくなる

    「誰か、もう大丈夫だって言ってよ」

    大切なものが
    目に見えないならば
    大切なものに
    ころされてしまいそうだ

    しろくて滑らかな
    石に向かって
    おなじく滑らかな足で
    少女が駆けていく
    現実よりもおそい速度で

    花言葉は 悲しくそして美しく
    ぼくは悲しさを求めていない

    北海道・札幌
  • 7月4日(土)

    知らない部屋がひろすぎて
    ぼくの心まで沈黙していた

    移動を繰りかえして
    範囲は狭まって
    もうこれ以上行ける場所がなくなったら
    またちがう部屋を探す

    生まれ育ったところが
    水にあふれていく
    すべて液晶をつうじて知る

    午後六時半に
    つたう
    地下鉄沿いにまっすぐ東へ

    自生するラベンダーを摘んで
    なにもない顔に近づける

    液晶をつうじたものと
    目前にあるものの差は
    よりそわない

    人類はみんな
    やわらかく首をしめられていて
    かぞえきれない腕が空から伸びて
    首筋をつたう指先は夕暮れだった

    北海道・札幌
  • 7月27日(月)

    秋の入口みたいな温度計
    こごえながら炊飯器をあける
    足りないから
    洗う
    つぶつぶしたもの

    日々のしこりが残って
    ぜんぶ触りつくした夕方が
    あつまって
    散る

    だれかの詩を読む
    赤い文字を記していく
    感情すら
    わたしが裁いて

    よりそわないまま
    会話をつづける一日のさかいめを失ったとき

    分厚い上着を羽織って
    カーテンを閉める手つきで
    ななめに
    雨が降りはじめて
    それを見ながら
    雨が降っていると
    おもった

    北海道・札幌
  • 8月18日(火)

    うしなった居場所で
    きみはねむり続ける

    つもりはじめた記憶と
    まじりあう感情が
    ひかりを放つ

    ふくらんだ山々
    伸ばす枝が
    うれしそうに身体を揺らす
    まもなく分断されて白く染まる

    そこなった時間を
    わたしたち、
    どうせ 忘れてしまうんでしょうけれど

    氷が溶けない速度で
    きょうのことを記そう
    容赦ないころしあいの匂いが
    窓から熱となって溶けた

    あいかわらず
    きみは起きなくて

    誰も知らないあいだに
    降る雨は
    やさしい

    北海道・札幌
  • 9月9日(水)

    いさぎよく裂いた赤のなか
    こぼれそうな声を、埋める

    もう いいかな
    もう そろそろ いいかな
    もう そろそろ でも やっぱり 違うね

    最近、妙に苛々して、わけもなく感情が破裂して、
    ぱんって音がしたときには、遅いので唇を噛んで

    雲のかたちが変化する頃には
    あたりまえの世界が
    あたりまえに馴染んで
    忘れはじめて

    布でつくられたマスクを
    手洗いする朝が
    いつもの流れにまざって
    この日常を
    たやすく認めたら
    わたしが壊れるから
    いつまでも怯えていたくて
    埋めた感情を
    掘りおこして
    ほつれた頬を凍らせる

    夕方には、便りも届く

    北海道・札幌
  • 10月1日(木)

    十月がはじまる
    いつもはじまる

    飛行機の残り香と
    こまかく砕いた肉の音

    秋になったので
    ぼくたちはちがう季節に佇んでいた

    延長線———
    の、うえを歩いている

    早朝と夜の雨
    夕方は眠っていたので記憶にない

    ずっと紛失したままだと
    どうにか認められたころ

    アフターやウィズ、
    という言葉で
    やりすごすやりきれなさが
    カーテンを 閉めるたびに
    身体を覆っていくのだった

    いくえにも
    紅葉していく丘を
    直視してはいけない

    北海道・札幌
  • 10月23日(金)

    ひっきりなしに
    窓が波打つから
    きょうは潜水艦の暮らしだ

    すっかり染まった丘が
    全身を揺らして
    うねって

    舟に乗るわたしは
    まどろみながら
    時間を取り戻さない

    陸にあがるころ
    ようやくはじまる一日もあって
    赤や黄色が触手になる

    頷きもせず
    抗いもせず
    数え続けて

    はげしく降るなかで
    ひとりで 高く
    旋回している鳥

    濡れてもかまわないほど
    言語を持っていない
    その覚悟はない

    北海道・札幌
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