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空気の日記

  • 4月8日(水)

    軒下でメジロが動かずに丸まっていた
    夕方にはいなくなっていたから
    気絶していたのかもしれない

    鳥が巣を作るとへびが寄るんよね
    それがいやなんよ
    女たちがそう話していたのを思い出す
    鳥みたいな音色だった

    目の前のことに触れたくて
    今年初めての山椒を摘んだ
    まだ棘すらも柔らかくて
    冷たくて甘い香りは
    少し気取ってからんでくる
    水洗いして絞った後の手は
    しばらく冷たいままだった

    のどを固くする時間が増えて
    大きい誰かの正しさを
    窓の向こうの散りゆく桜に乗せる
    風に浮かんだ花びらは
    空一面にシャボン玉のように広がって

    ああ
    泡よりも早くて、かすかなことが
    息をのむだけで残ってしまう
    あの一粒たちが残ってしまう

    山桜はピンクの膨らみで
    山をぼふぼふと爆発させる
    春は山笑うと言うけれど
    本当に笑っているね
    山に笑われているね

    始まりの前に
    積み重ねた問題に向かうきみと
    隣り合う

    きみは相変わらずため息をつき
    頭を掻きむしり
    硬直もするけれど
    それでも逃げなかった

    分からなさを繰り返しても
    きみは泣かなくなって
    わたしは怒らなくなった
    わたしたちは育っていると思う

    一粒になるよ
    あの桜の花びらのように
    一粒になるよ
    そこからじゃないと
    わたしたちは手もつなげない

    大分・耶馬渓
    藤倉めぐみ
  • 4月9日(木)

    「世界同時瞑想」に与してみる
    祈りの力は信じない
    知っているだけ

    こういう時は 連帯する 
    日記の列に連なるように

    初めて演歌を作詞する
    未練と怨念または男気 その様式美
    限界突破してサバイブする ※
    遠ざけてきた肌触りの先に
    会いたい自分がいる

    スーパームーンは十六夜
    コロナちゃんという眩しい名前の子どもたちに
    事後のさいわい あらんことを

    ※氷川きよし「限界突破×サバイバー」から。

    八ヶ岳
    覚和歌子
  • 4月10日(金)

    三十四年ぶりに帰国して、二週間の自主隔離を送っている。ミュンヘンの妻とFaceTimeで話すのが、唯一の社会的接触である毎日。

    スマホの小さな窓越しに
    妻のいる部屋を望む
    天窓から明るい光が射しこんでいる
    私はいない

    夥しい死の王冠に取り囲まれて
    笑い声を放つ老夫婦
    共に仰ぎ見た月はどこにあるのだろう?
    虚幌に倚りて妻に手を振る

    もっともそういう生活は、ミュンヘンでの日常とさほど変わらない。詩を書いている間はいつだって自主隔離だ。

    感染者数が増えるにつれて
    別の国になってゆく
    その国が元の国よりマシかどうかは
    死者にしか分からない

    この国では変化は常に外部より齎される
    黒船、敗戦、大地震……
    外からやってきて内に巣食う
    思想では動かないがウィルスには飛び上がる

    大声で喚き散らす人々を映し出す
    蛇の目、花の目、魚の目
    最も残酷な四月にも
    止まぬ生殖

    右眼で地上を愛惜しながら
    左眼で星々の瞬きの奥を弄る男が
    斜めに傾いだまま横断歩道を跛行してゆく
    有料レジ袋ははち切れそうだ

    散歩に出かける。緊急事態が出ても緊張感はまるでない。公園には家族連れがウヨウヨしている。みんな幸福そうだ。いつの間にか、ウィルスの目で見ている自分に気づく。

    若者の喉から吐き出されて
    春風に舞う
    犬を抱いた女の胸の奥にひそんで
    七曲の坂を上がる

    石油コンビナートの丸いタンクのてっぺんの
    赤く錆びたところに引っかかって
    海を見ている ……死は
    消滅とは違うと思う

    注:「虚幌(きょこう)に倚りて」は杜甫の五言律詩「月夜」からの引用

    横浜・久保山
    四元康祐
  • 4月11日(土)

    全ての全てが懐かしくなった日から
    従来の日常を捨て
    他人の日記を書くようになった。
    そして、その人に
    僕の日記をつけてもらうようになった。
    新世界の毒の空気を
    シンプルな言葉で彩る実験。

    その日記によると、ある日僕は、

    外を眺めていたら一番星が輝いていた。
    そのままずっと見つめていたら一つ流れ星が流れた。
    願う前にはもう消えていた。
    仕方ない、
    今日も空には綺麗な月が浮かんでいる。
    流れ星には滅多に出会えないけど、
    お月様には出会える。
    だから今日もお月様にひとつ、
    大切な願いをそっと込めて、
    眠りについた。

    そして、僕の頭の中には
    こんな日記が落ちてきた

    今日は夢の中で、目が覚めた。
    つまり、夢の中の夢だった。
    夢の中の夢から起きて、
    ベッドの隣に置いてある日記を手に持ち、
    自分の親指で文字を書き出した。
    指先から溢れてくる文字を
    半分しか読めなかったけど、
    その中「海」か「苺」が浮かんでいた。

    それで、実際に目が覚めて、
    その夢から日常の現実に戻ったら、日記を見た。
    この文字がもうすでに書いてあった。
    今は何が夢なのか、何が現実なのか、
    わからない。
    けれど、
    何れにしても、
    海に行って苺を食べたいと思う…

    とか。

    こういう風に
    一枚一枚を交わしているうちに
    他人は僕の夢に入り込んできた。
    「地獄とは他人のことだ」とはいうけれど、
    自宅隔離の二人、
    お互いの架空の内面を探って
    よく分かったことは
    地獄とは自我である
    地獄とは自粛である
    そして、他人は楽園になれるのだ。

    夢の中で
    僕らが何をしていたのかを
    今度身を以て会う時に
    細かく伝えるのだ。
    その時にもまた、
    その時までの全ての全てのことを
    懐かしくする。

    東京都・神楽坂
    ジョーダン・A. Y.・スミス
  • 4月12日(日)

    不信をおし隠し
    従順が都市を
    四月
    秩序をさぐる
    うろたえが日ごと増す
    孤立したひとびとの 群れ

    七日
    緊急事態宣言が出て
    国道134号線の車音もすこし冷えた
    おかげで波の音が聴こえる
    それが安眠に結びつくことはないが
    人の絶えた浜で
    人の絶えた江の島を眺める
    縁起によれば
    およそ千五百年前の
    今日と同じ
    十二日
    天女が十五童子をしたがえ現れ
    江の島をつくったのだという
    それからいったいどれだけの人が
    島に呼ばれてきたのだろうか
    つい先月の
    三月の三連休も
    島へと繋ぐ弁天橋は
    にぎやかな群れで混み合っていた
    したしく呼気を触れ合わせ
    ひとびとが笑顔で渡ってゆくのを
    やさしい風景の快復なのだと
    わたしもここでながめてた、その微笑の
    誤謬への加担

    禁制の集会に行くかのように
    息をするのも恥じ入りながら
    スーパーにこっそり出かけてく
    二〇二〇年四月のわたしたちよ
    今はきっぱりと訣れよう
    戒厳のはじめの週末は
    誰かを刑罰に処しながら
    君は買ってきたインスタントラーメンを家でせっせと作るが良い
    わたしは米を炊くとしよう
    買い置いたカレーをあたためたり
    Netflixでもながめながら
    ひとりで黙々と食うとしよう
    そうして荷重を増やしながら
    気配を伏せてゆく孤立の耳に
    際立ってゆく地球の音とともに
    わたしたちは聴かねばならない
    不安ですら利害に結ぶ我々だから
    命の文法も意味で整えてしまうから
    我々を生かすもの
    我々を殺すもの
    拘束し
    解放し
    愛するものを自らを
    駆り立てしずめるあらゆるものを

    神奈川県片瀬海岸・江の島
    永方佑樹
  • 4月13日(月)

    ウイルスは私に感染されました
    ムスーのウイルス、顔のないウイルスが私に冒されていく
    窓の向こうには散る桜(2020年4月13日の散る桜の花びら
    吹雪いている こごえるほど吹雪いている
    (あなたが私を怖れていることはわかっている

    白い花びら 一片ひとひらも私に感染して色褪せていく
    自然の景観はこれほど容易に表情を変えるのだった
    その内側を荒々しく喰いちらしているのは私だ
    私は容易に色褪せていく私の夢を見ている
    (私が私を怖れていることはわかっている

    光の冠をもつウイルスも急激に色褪せていく
    生はけっして輝いているばかりではない
    暗い部屋で息をひそめる生もあるではないか
    私に感染されているのだから時は意味を失う
    (それはヒトの作り出した概念だから
    世界は容易に色褪せてくずれていく

    もう昨日までの街の喧騒はどこにもない
    校庭に子らの声も途絶えている
    (ときおり名のない草がゆれる
    こうして世界は終わりました
    たかが世界が終わっただけです
    わたしはここで元気に増殖してます

    福岡市・薬院
    渡辺玄英
  • 4月14日(火)

    数字だけを眺めるのが好きだ。積みあがっていく数がいい。日々変化する数。気温、為替、金利、ゴールド、日経平均、原油、大豆、トウモロコシ、コーヒー、放射線量。最近これに感染者数、死亡者数が加わった。毎日眺める数は雄弁で、世界の多くを物語るから、余計なものはいらない、言葉もいらない、数字に語らせていればいい。街を歩く人の数、電車に乗る人の数。いつもの山手線は300%だがいまの山手線は100%だと聞けば、300%の時に窒息しかけていた人について想像する。知りたい数字はたくさんある。調布駅や虎ノ門の交差点でビッグイシューを掲げていたおじさんの現在の販売額はいったいどうなっただろう。

    数字にとっては私がどこにいようがたいして関係のないことだ。ストロングゼロのアルコール度数はどう考えても高すぎるし、はたちの頃にストロングゼロが存在しなかったことに私はいま、心の底から感謝している。当時ストロングゼロがあったなら、私の存在はいまごろゼロだ。あのころ酒というのはつつましく、せいぜい形容詞で「大きい」と語るくらいだった、つまり大五郎とかビッグマンとか。しかしおや、大五郎には「五」が入っているではないか! 4リットルのくせに。24歳の頃は毎晩、ストロングでもゼロでもない4リットル20度を、同じ寮の友達と湯のみでお湯割りにして飲んでいた。適切な濃度の液体を多量に摂取した人体は、自分の本やCDを他人の部屋に忘れ、そもそも持ち込んだことすら忘れて翌日笑われることになる。あのころは毎日、タクトタイム60秒、または72秒、または56秒で複写機を組み立てていた。腰曲げ3秒ルールの世界だった。

    3秒以上腰を曲げてはならない。人体は3秒以上の腰曲げに向かない。タクトタイムより2秒早く工程を完了すれば、この2秒は永遠に等しい退屈となる。退屈のあいだに3分の歌をうたう。計算が合わないが、そういうものである。有線のデイリーチャート20曲、今はきっとSpotifyにとってかわったことだろう。5本の指はテーピングでかちかちになり、強張った筋肉の痛みをゆるめるために毎晩サロンパスを貼った。うっかり入院でもしようものならその月の収入はゼロになり、その後国民年金保険料に悩むことになるのだった。私は今年48歳で、あれから数えて倍になった。今日、私に1円を給付し、明日2円を給付し、あさって4円を、その次の日は8円を。倍に倍にしていって、私が生きた年数だけくりかえしてもらえないものだろうか。何しろお札というものは物質的には紙であり、言葉と同様、記号としての意味しかないのだと、みんなよく知った方がいい。重要なのはモノだ! 物質だ! しかし、ほんとうに?

    一時期、お札がただの紙に見えてしまうときがあった。ある人にその話をすると「脳の機能がおかしくなっているかもしれないから、気をつけた方がいい」といわれ、それ以来私はお札がただの紙ではなくお札と感じられるか、ときどき自分に確認することにしている。しかしお札でもコインでもないマネーというのは、結局ただの数なのだ。お札をつくるにはパルプとインクと深遠な技術が必要だが、マネーにそんなものはいらない。必要なのは流通経路だ。通じさえすればいい。マネーは言葉とよく似ている。交換可能で、変幻自在で、グローバルに世界をかけめぐる――かけめぐる? ウイルスよりも速く? ウイルスは純情報体だ、彼らは複写を続ける情報である、マネーのように。言葉もまたそうである。そしてここに同じような言葉ばかり再生産する私がいる! 私! 私! 私……だが、私は同じような言葉や同じようなモノの再生産を愛している。人類だって結局、同じようなものの再生産だが、私はそこに微小な差異を見出して愛する。同じようなものバンザイ!

    悲しいことに、同じようなものは、同じものではない。

    東京・つつじヶ丘
    河野聡子
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