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空気の日記

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oblaat

新型コロナウイルスの感染拡大により、街の様子がすっかり変わりました。
多くの人々が、せいぜい悪性のかぜみたいなものだと思っていたのはほんのひと月前で、社会の空気の変化に驚いています。
未曾有の事態なので様々な出来事は記録されていきますが、こういう時こそ、人々の感情の変化の様子をしっかり留めておくべきではないかと思いました。
「空気の日記」は、詩人による輪番制のweb日記です。その日の出来事とその時の感情を簡潔に記していく、いわば「空気の叙事詩」。
2020年4月1日より、1年間のプロジェクトとしてスタートします。

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oblaat(オブラート)は、詩を本の外にひらいていく詩人の集まりです。
http://oblaat.jp/

「空気の日記」執筆者

  • 新井高子
  • 石松佳
  • 覚和歌子
  • 柏木麻里
  • カニエ・ナハ
  • 川口晴美
  • 河野聡子
  • さとう三千魚
  • 白井明大
  • 鈴木一平
  • ジョーダン・A. Y.・スミス
  • 田中庸介
  • 田野倉康一
  • 永方佑樹
  • 藤倉めぐみ
  • 文月悠光
  • 松田朋春
  • 三角みづ紀
  • 峯澤典子
  • 宮尾節子
  • 山田亮太
  • 四元康祐
  • 渡辺玄英

新井高子、石松佳、覚和歌子、柏木麻里、カニエ・ナハ、川口晴美、河野聡子、さとう三千魚、白井明大、鈴木一平、ジョーダン・A. Y.・スミス、田中庸介、田野倉康一、永方佑樹、藤倉めぐみ、文月悠光、松田朋春、三角みづ紀、峯澤典子、宮尾節子、山田亮太、四元康祐、渡辺玄英

  • 7月14日(火)

    雨が世界を打擲する
    この世の半分が流されていく
    災害の危険が切迫しており、自治体が強く避難を求めています
    洪水警報避難指示が連呼される夜
    ひとりで
    ラジオの災害速報を聴いている
    豪雨でたくさんの土地が流された
    人もたくさん流されていった
    見覚えのある看板や家屋
    たいせつなものが数多流されて消えた

    チューニングが乱れてノイズの向こうから
    ふるい深夜ラジオの音声が流れてきた
    氾濫した濁流に押し流されてきた前世紀の電波だった
    断続的なノイズの連鎖に(波打ち際の星がまだ青かったころの記憶
    口のない者の声は
    波の音によく似ている
    こうして余白から瓦礫が
    耳鳴りのように打ち寄せられるのだった
    失われたものがおびただしく漂着する
    目をそらしていたもの(たとえば死せる魂や盲目の恐怖
    かれらが背後から見つめている
    黒い影こそが寄り添っている黒い影だ、と

    激しい雨音の向こうからだれかが
    昨日まで地球の夢を見ていただろとささやくのだった

    福岡市・薬院
    渡辺玄英
  • 7月13日(月)

    不安を日常で薄めながら
    進められてきた私たちの七月

    上下する関数の曲線を
    ただの数字として解釈する
    法律にせっせと小突かれながら
    かつての会話のぬくもりや
    築きかけのポイエーシスに
    付きかけた錆を取り除こうと
    人びとが力を込め出した
    手指のその支点ごと
    二百人を超える連日の
    感染者の数が挫いてゆく

    私にせよ先週
    はじめて会った人からは
    「感染が怖いので、完全オンラインにしなくては」という言葉を
    だけど先々週は
    久しぶりに会った知人の
    「感染しても、たいした事なんて無いんでしょ?」という声を
    同じ耳が聞いたばかりで

    傾きの
    その方位を計量しつつ
    数えられる側にはいないはずだと
    信じていた人たちを
    x軸に組み入れ肥大してゆく
    この座標が果たしてふたたび
    翳りを延ばしてゆくのだろうか 

    生存の証に座り続ける
    私たちの食卓の上に
    道辺が取り戻しはじめた
    子らの交わす声の上に

    四月が、五月が、六月が
    放り出したしぐさを結局真似て
    私たちのこの七月も
    危惧にあるいはその逆に
    交互の方位へ振り分けられる
    やみくもな均衡を八月へと
    譲り渡してゆくのだろうか

    神奈川県片瀬海岸・江の島
    永方佑樹
  • 7月12日(日)

    石庭に住むとかげ
    隠れん坊
    空中で交尾している蜻蜓(dragonfly)
    公案を孕む

    寺院の荷物預け所は
    荷物を預けなくなったが
    荷物はまだ荷物だなと
    足元に広がる
    小石の道を見て思う。

    新たな形を取る時勢に
    離れ  ばなれにされる

    荷物を降ろし
    門に入り 
    束の間を延ばし
    竜の安穏な日々

  • 7月11日(土)

    三週間おきの父の外来検診に合わせて再び福岡へ。今回は息子と娘も同行。ドイツから「ハカタのおじいちゃん」に会うためだけにやってきて、空港でのPCR検査と二週間の隔離(その間は毎朝体温体調をメールで保健所に報告)を終えた上での移動である。例によって老人ホームには入れないので、検診を終えた父を自宅の空き家へ連れて行き、そこでようやく孫との対面。だが老人は午前中の検診で疲れ果て、用意した昼食を一口食べただけで横になり眠りこむのだった。折しも九州は記録的豪雨。みるみる冠水してゆく荒れ庭と痩せ衰えた寝顔を交互に眺めて過ごす昼下がり。夕方、父を起こし、四人してタクシーに乗り込み、ホームに父を返して息子たちはその足で空港へ。僕はひとり歩いて無人の実家へ戻るつもりが、慣れない住宅街の迷路に迷い込んで全身ずぶ濡れになってしまう。

    蛇が這ってゆく
    刈ったばかりの芝生の上を
    水煙に包まれて、人の
    からだを脱ぎ捨てた直後の魂のように

    一メートルくらいあるでっかい蛇だ
    コップを

    逆さまにしていきなり上から被せられたようなものだろう
    香港は 中が空であろうと水であろうと
    息はできない

    釣鐘のような夕闇
    むしゃむしゃとパンを喰う横浜の人
    寅さんの筋はもう追えないが アジサイとなら
    まだお喋りができる

    雲はあれで
    中立を保っているつもりなのか
    一九三五年、エリカと偽装結婚するゲイのウィスタン

    蛇が頭を擡げて
    垣根越しに隣家の庭を覗きこんでいる
    明日は父に
    紙パンツとパッドを届けなければ

    注 W.H.オーデンは、トーマス・マンの娘エリカ・マンと名目上の結婚をすることで、エリカがイギリスの市民権を得てナチスドイツから脱出できるよう尽力した。

    福岡市東区
    四元康祐
  • 7月10日(金)

    オレンジのTシャツにしたのは
    今日も曇り空だから
    柔らかい色の方を選んだのは
    灰色の川と折れた泥の柱と 笑おうとしてゆがんだ顔が
    のどを塞いでいたから

    雨の合間を盗むわたしたちの歩幅は広い 
    先導される暗渠の歩道は
    緑が深くて鰐が棲めそう
    途切れ目なく続く湿った背の高い茎たちを
    指先で追いながらついてゆくけれど

    花の名まえをたくさん知っているせいで
    立ち止まる背中を
    なんども追い越してしまうから
    少し先のベンチで待つ間
    病院の窓にいた小さな女の子と目が合った気がして
    どちらからともなく手を振り合う

    聴こえていたのは あの子のハミングではないだろう
    (子どもは振る手を下ろすタイミングに悩まない)

    見慣れた後ろ姿は
    暗渠の切れ目をいくつも渡る
    何年間も歩きながらの呟き稽古で塗りつぶした
    自らの王国を案内するかのように
    確乎と見えるものを 
    いつでも残らず瓦礫にしてしまえる
    水の力の その流れの音を
    足のすぐ下に聞いて

    感染最多記録が更新されていく
    並木の梢には 鈴なりの枇杷
    祝福は残されている 

    オレンジのTシャツにしたのは
    この実に招ばれたからだった

    注) 夫は落語家(入船亭扇辰)で通いの弟子が三名います。今さらの注釈、ご容赦を。

    目黒
    覚和歌子
  • 7月9日(木)

    雨が日付境界線も溶かすように降って
    もういつから降っていたのかが思い出せない

    土地に流れる川は数年にわたって、
    何度も何度もたくさんの雨を呑み込んで、
    その度に幅も流れも手を加えられ、
    雨は川の中にとりこめるはずだったのに
    またその川が溢れだした

    水が
    道路をえぐることも
    流木を押し流すことも
    ただただ家も人も全てを呑み込んでしまうことも
    もう知っている私は
    またありったけのお金をビニール袋に入れて
    2階の寝室の枕元に置いた

    ダムの貯水率と
    川の水位と
    一つの灯りだけが照らす道路を
    見て
    冠水していないなら夜明けまでは呑み込まないよと

    橋を覆いつくした激流が横に
    地面を打ち付ける雨粒が縦に
    無関係に鳴き続ける虫が膜みたいに
    響いて
    虫が鳴いているなら大丈夫なんじゃないかなと

    何も知らなくて怯えていた頃よりは
    ほんの少しだけ上手に眠ることができるようになった

    濁流が山の木を流して
    橋に引っかかり
    流木が立ち上がり続ける

    あの激流を
    止まらない雨を
    けぶる山を
    現実だと知っている

    この激しさも
    穏やかさも
    潤いも
    育ち行く稲も
    縦横無尽に動くカタツムリも
    オクラの苗に群がるスズメも
    全てだ
    全ての中にここにいるんだ

    切り離せるなんて思うのが
    大間違いだ
    そういう中の全部にここにいるんだ

    本当に本当に気を付けてください
    命を守る行動をとってください
    今まで経験したことのない雨がまた来ます
    と言われたその日の朝は晴れていた

    6歳のきいちゃんは
    いつの間にかゴジラの曲を弾けるようになって
    午後になってから強く降り出した雨を
    新しい傘に弾かせて笑っていた

    きいちゃん、道路に出ないでね、危ないよ

    ねえ、雨、楽しいね

    そうだね、でも今日は怖いよ
    すごく怖いよ

    大分・耶馬渓
    藤倉めぐみ
  • 7月8日(水)

    雨の後の晴れ間に
    蝉の鳴き声が聴こえた
    食堂で同僚と
    雨が降るときも
    蝉は鳴くのだろうか、
    と話をした
    調べてみると
    雨の日のような
    気温の低い日には
    蝉は鳴かないのだそうだ
    蝉が鳴くのは夏だけである
    雨の降る日に鳴かないのであれば
    蝉が鳴くのは夏の晴れた日だけである
    あれからずっと
    晴れ間を希求していた気がする
    セルフ台の上の
    麦茶が入った湯飲みにはラップがされており
    少し温くなっていたが
    定食を乗せたトレーに
    本日だけのサービスだよ、と
    西瓜が振舞われた

    福岡・博多
    石松佳
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