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空気の日記

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oblaat

新型コロナウイルスの感染拡大により、街の様子がすっかり変わりました。
多くの人々が、せいぜい悪性のかぜみたいなものだと思っていたのはほんのひと月前で、社会の空気の変化に驚いています。
未曾有の事態なので様々な出来事は記録されていきますが、こういう時こそ、人々の感情の変化の様子をしっかり留めておくべきではないかと思いました。
「空気の日記」は、詩人による輪番制のweb日記です。その日の出来事とその時の感情を簡潔に記していく、いわば「空気の叙事詩」。
2020年4月1日より、1年間のプロジェクトとしてスタートします。

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oblaat(オブラート)は、詩を本の外にひらいていく詩人の集まりです。
http://oblaat.jp/

「空気の日記」執筆者

  • 新井高子
  • 石松佳
  • 覚和歌子
  • 柏木麻里
  • カニエ・ナハ
  • 川口晴美
  • 河野聡子
  • さとう三千魚
  • 白井明大
  • 鈴木一平
  • ジョーダン・A. Y.・スミス
  • 田中庸介
  • 田野倉康一
  • 永方佑樹
  • 藤倉めぐみ
  • 文月悠光
  • 松田朋春
  • 三角みづ紀
  • 峯澤典子
  • 宮尾節子
  • 山田亮太
  • 四元康祐
  • 渡辺玄英

新井高子、石松佳、覚和歌子、柏木麻里、カニエ・ナハ、川口晴美、河野聡子、さとう三千魚、白井明大、鈴木一平、ジョーダン・A. Y.・スミス、田中庸介、田野倉康一、永方佑樹、藤倉めぐみ、文月悠光、松田朋春、三角みづ紀、峯澤典子、宮尾節子、山田亮太、四元康祐、渡辺玄英

  • 5月26日(火)

    男は空気を恐れている
    酸素はいい 人工呼吸器の管の先から
    直接肺に吸い込める酸素なら
    大気もいい エベレストの山頂に
    かかってる薄いのでも
    だが空気はだめだ 疫病すら
    包みこんでしまうこの国の真綿の空気は

    男は空気を憎んでいる
    空(くう)になら身を捧げたいと思っているのに
    この国の空気は空っぽにはほど遠く
    ぎっしり気分が詰まっている
    ねっとり肌に纏いつく
    全員で吸っては吐き出し吐いては吸いこみ
    それでいて目だけは合わせない

    腫瘍は69ミリに達しているそうだ
    それでも本人は気づかないものなのかと男は驚く
    時間の問題ですと医師が言う
    閉ざされた空間が内側から炸裂する光景を
    抗体のように肚に収めて

    男は空気に包まれている
    こんな時こそ人々は言葉を求めています……?
    言葉とウィルスの見分けがつかない
    最後まで営業し続けたパチンコ屋に二拝二拍手一拝
    窓際に聳えるペーパータオルの白い円柱の
    表面の凹凸が翳に沈むまで
    彼の手は無闇に宙を掻いている

    横浜・久保山
    四元康祐
  • 5月25日(月)

    師匠が鰐となるからには 弟⼦もあとを追うしかなく
    27才男⼦は⻘い⼩さな蜥蜴になった

    弟⼦に準備ができたとき 師は現れる
    (と チベット仏教ではいわれる)
    控えめで機敏な気ばたらき
    いるような いないような動作⾳
    そつなく掃除買い物⽫洗いする四肢は
    ときどき柱の途中に貼り付いて
    じっと⼀点を⾒つめている
    寄席の再開が⾒通せないまま
    鍛えようもない技量と度胸 埋めようもない余⽩の真ん中を

    せめて五⽉晴のアスファルトを
    鰐の散歩について⾏く (あ、指が腹が乾いちゃう)
    いちにちごとにまだまだ陽がのびるだろうから
    真打座布団までは 気が遠くなるほどの
    ソーシャル ディスタンス

    弟⼦に準備ができたとき 師は現れる
    ヒトに準備ができぬまま コロナせんせいは現われる
    今夜 緊急事態宣⾔は全⾯解除
    けれど何度でも現れる 顔と名前を変えて
    明るみに出したい⾃分に ヒトが⽬をつぶる限り

    今年は5⽉いっぱいが⺟の⽉だそうれす
    ⼩さい蜥蜴は
    ピンクのカーネーションを⼀輪 差し出した
    それではおやすみなさい と

    東京・目黒
    覚和歌子
  • 5月24日(日)

    自然がいいなんて少しも思っていなかったのに、草とりは世界を変えるよという母の言葉に習って恐ろしく生命力が強く、どんどん増殖してくキクイモを大量に抜いた。こうしないと畑の栄養を根こそぎもっていくからだ。
    トマトとナスとオクラとサツマイモとゴーヤを母とともに植えた。彼女も私も連日1歳になったばかりの甥っ子の動画をよく見る。

    次に会ったときは一緒に散歩ができるね
    お正月に会ったときは立ったばかりだったのに

    食べることが大好きな彼は
    本を読んでも、おいしい
    階段をのぼっても、おいしい
    本当に食べるときは叫ぶように、おいしいを放つ。
    遠い都市に住む彼の頬に触れる機会を2回見送ってまた新たな算段をつける、そんな未来に足をかけている。

    世の中はハッシュタグでいっぱいで、春先からの刻一刻は、刻刻一刻刻という違うビートで刻まれている。おもちゃをとりあげられ、適切なスパーリングがようやくできて、足がもつれたりしているけれど、それでも青く立上がることに胸はすくし、サンドバッグにつまった濁りきった泥はもう下ろしてほしいと思う。

    おうちもステイホームも
    とっくのとうにいやになったから
    今日のトレンドの「さよなら」で
    さよなら払う裏腹な世さ
    と回文を作る。

    5月になってから我が家のドアの前に毎日カエルが来る。今日もその子に挨拶して、今日も立ち尽くしてしまう。そっと触れる皮膚は冷たくて骨の感触がよく分かる。無関係な小さい君が安らいでいることが喜びで、少し頭を傾けてほほえんでいるような姿をとどめようとする。

    夏の皮膚を大事にしたくなって、マスクをしないという選択肢を持ってお肉をまとめ買いした。散歩もした。露わになれず出口を失ってニキビを持った肌に従う。芥川龍之介の『羅生門』に出てきた下人はニキビから手を放して少年を通過したけれど、私はニキビそのものを仕方なしとすることに倣えずに顔を覆わなかった。

    大分・耶馬渓
    藤倉めぐみ
  • 5月23日(土)

    街に少しずつ
    ⾳が戻ってきた


    バス
    喋り声
    キャッチボールの乾いた⾳
    庭の⽔遣り

    けっして⼤きな⾳ではないが
    今の⾝体には
    繊細に聴こえてくる

    街は
    ⼩さな⽣き物のように
    ゆっくりと
    ⼿探りで
    息遣いを取り戻そうとしているのか

    昔 ⽷電話をすると
    あなたの声が
    震えながら
    ⽷を通して
    紙コップを通して
    伝わってきたことを
    思い出した

    福岡・博多
    石松佳
  • 5月22日(金)

    名前と顔写真を公開し暴力の手口を克明に記した
    一連の騒動が起ってから3ヶ月後
    死に目に会えなかったし葬儀にも出席できなかった
    手作りの雑貨やアクセサリーをオンラインで売って
    キャパシティをオーバーしていたから引き留める人はいなかった

    もとより欠陥だらけの制度だ
    みんなさして年齢が変わらない10代の少年たち
    眠りたいときに眠り起きたいときに起きる
    カメラはズームし口元を映し出す
    くちゃくちゃと過剰に音を立ててサンドイッチを頬張り
    得られた金の使途を3つに分ける

    1辺の長さが20cmほどの立方体のボックスを指定の段ボールに箱詰めしていく
    午前と午後で1枚ずつ使用する
    「ねえ、ちょっと近くない?」
    「ほら、2メートル」
    入場時の検温義務もなければ席と席を隔てるパーティションもない
    黒い手袋をはめた手で赤い花柄の手に触れる

    致死性を跳ね上げる凶悪な変異
    鳥のくちばしのようなものがついた奇妙な黒い仮面
    顔面を含めた全身が完全に黒く覆われる
    取引の最中で素顔から感情を読み取られるのを避けるため?
    さまざまな憶測が流れたが真の理由を明らかにしない
    握りこぶしほどの大きさの真紅の球体と十字状に組み合わされた木片
    その二つが一本の紐でつながっている
    力を加えると球は空中を回転し木片の持ち手部分で絶妙な均衡を保って静止する

    脅迫的な懇願を前に断るという選択肢はない
    大人数をひとつの部屋に押し込め順繰りに歌を歌わせる
    連携したブースの音声と映像はモニターから確認できる
    マイクに向かって宣言すると四方の壁が点滅し画面は無数に分割される

    大げさな身振りで頭を抱え肩を揺さぶって問い詰める
    本名を隠すためにお互いを番号で呼んだ
    「きっと奴の時計が狂っていて、1時間進んでいるんだ」
    忠誠心が試されているのだ

    鎧のように重厚で派手なドレスに身を包んだ女
    カウンターに身を乗り出してとぼけるような表情を至近距離から見つめる
    店内をぐるりと見渡し威喝するような目で睨みつける
    異例の速度で商用化を承認されもっともはやく市場に出た
    人間の利害とは無関係に自律して存在すべきもの
    起動して最初に見た人物を親だと認識する
    停止させることはできない破壊するしかない

    2人に帰る場所などない
    外で寝るのは心細い
    衣服や身体に付着したウイルスを死滅させる
    「多数の研究論文によって効果が証明されています」
    「専門家会議でも認められています」

    巨大な球体が天井から吊り下がっている。
    球体は緑色にぼんやりと光っている
    それ以外の明かりはない
    球体を挟んで向かい合わせに座っている
    堅すぎず柔らかすぎもしない適度な弾力性のある椅子
    緑色の光に照らされたお互いの顔だけが見える
    人差し指を左目の下に当てる
    指を下に引っ張りベロを出す
    球体はゆっくりと青に変わる
    やがて白くなり輝度が高まる
    あなたの顔がはっきりと見える

    ここまでに2万円ほど課金した
    これは猫を救うための行為でもあるのだ
    ベンチの両端に座る
    本気の殺意がないと起動しない
    小声で耳打ちする
    人々は新しい生活様式に則しているかどうかを互いに監視しあい
    それに反した行動をとる者を法の埒外で私刑に処す
    私たちは過大な労働と移動の負荷から解放された

    1階の事務所から2階の自宅へと移動する
    「俺たちはどうだ? まともな人間か」
    3人が一斉に手を挙げた
    帰宅するなりポストにあるものを見つける
    「おい、たいへんだ! 届いたぞ」
    それを右手と左手に1枚ずつ持って掲げる

    4人の人間がテーブルを囲んで睨みあっている
    暗号めいた言葉がときおりつぶやかれる
    私たちが葬り去ったはずの制度や価値観
    与えられた様式を遵守するのではなく思考によって自ら決定していくこと
    4人は手元のブロックを熱心に幾度も並べ直す
    決死の覚悟でひとつのブロックをテーブルの上に置く

    東京・調布
    山田亮太
  • 5月21日(木)

    深夜に
    ことばが立ち上がる

    論文の直しというのはとげぬきのようなものだと思う
    (1) はーい賛成
    (2) 反対

    どちらですか

    深く呪われている
    北のみずうみの底に
    燃えあがる陽炎のような何かがある

    どうせ自分は大したことはない
    自分はじつにスゴイもんだよ
    この二律背反の気迷いの中から
    薬草の根っこのような
    熱い本質を引っこ抜く

    まずは文法がめちゃくちゃ
    図表の番号がめちゃめちゃ
    話の筋がどこかに行って
    図の縦横があわさっていない
    あきらかに入れるべきことが欠けている

    表面の雑草を刈るように文法を直していく
    するといま見えてくる地肌の粗さ、それを遠くからトングでつかんでこね回す
    ぴたっと当てはまるとかちっと音が出るよ、ご名答
    最後まで行ったら鋸でまっぷたつ
    ハサミでじょきじょきとプリントアウトを切ってセロテープとホチキスで貼り合わせる
    そしてコピーをとって
    写メをとって
    メールで転送

    返ってきたらすぐにプリントアウト
    ハサミで切り刻む
    のりでとめる
    またスキャンして
    メールで送ろう

    沼のように深い絶望が
    身体のゆがみとなってことばの水面を泡立たせる
    ついまた見落とされる全体の構成
    背骨のバランスがとても悪い
    錯誤、混乱
    そこまで自己批判しなくていいのに
    ものすごくものすごく
    悲劇的な考察

    それを
    ひとつずつ
    ご供養する
    ように

    のしかかられた肩の重みが
    すこしずつ
    楽になる
    ように

    在宅勤務のために買った
    白い
    プリンタ用紙500枚、
    こうして
    誰かの
    とげを抜こうとして
    きょうは
    全部
    使い終わった

    東京・西荻窪
    田中庸介
  • 5月20日(水)

    すーまんぼーすー
    沖縄でいう
    梅雨


    晴れ間は
    もう夏日で

    市役所の前で
    ヘイトスピーチをする人がいるから
    そんなことはやめろ


    カウンターがあると聞いて
    ひさしぶりに町に出かけた

    カウンターに集まった
    人がいて

    慣れないまま
    辺りに
    立っていると

    いつもなら
    もう来てるはず
    というヘイトスピーチの
    人が現われない

    まま
    時間が過ぎて
    おひらきになった

    ぼうっと
    する
    家に帰って
    まだ

    外の日を
    ひさしぶりに浴びた

    まま
    立っていたせい
    肌が日に赤くなっている

    人は
    いる

    のに
    いない
    人は

    いない
    のだろうか

    実体が
    ないものを
    憎しみとして
    抱え込むのは
    空洞をこころに
    抱え込むようなもの

    誰かを差別したい
    という気持ちの
    今日の昼のやり場のなさに

    そのまま
    つゆと消えればいいのに
    そしたら
    まただんだんと

    ひなたに立って
    家に帰って
    ぼうっとするくらいには

    人になれるし
    戻れる

    うちに

    *カウンター…人種差別などのヘイトスピーチに対抗する行動

    沖縄・那覇
    白井明大
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