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空気の日記

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oblaat

新型コロナウイルスの感染拡大により、街の様子がすっかり変わりました。
多くの人々が、せいぜい悪性のかぜみたいなものだと思っていたのはほんのひと月前で、社会の空気の変化に驚いています。
未曾有の事態なので様々な出来事は記録されていきますが、こういう時こそ、人々の感情の変化の様子をしっかり留めておくべきではないかと思いました。
「空気の日記」は、詩人による輪番制のweb日記です。その日の出来事とその時の感情を簡潔に記していく、いわば「空気の叙事詩」。
2020年4月1日より、1年間のプロジェクトとしてスタートします。

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oblaat(オブラート)は、詩を本の外にひらいていく詩人の集まりです。
http://oblaat.jp/

「空気の日記」執筆者

  • 新井高子
  • 石松佳
  • 覚和歌子
  • 柏木麻里
  • カニエ・ナハ
  • 川口晴美
  • 河野聡子
  • さとう三千魚
  • 白井明大
  • 鈴木一平
  • ジョーダン・A. Y.・スミス
  • 田中庸介
  • 田野倉康一
  • 永方佑樹
  • 藤倉めぐみ
  • 文月悠光
  • 松田朋春
  • 三角みづ紀
  • 峯澤典子
  • 宮尾節子
  • 山田亮太
  • 四元康祐
  • 渡辺玄英

新井高子、石松佳、覚和歌子、柏木麻里、カニエ・ナハ、川口晴美、河野聡子、さとう三千魚、白井明大、鈴木一平、ジョーダン・A. Y.・スミス、田中庸介、田野倉康一、永方佑樹、藤倉めぐみ、文月悠光、松田朋春、三角みづ紀、峯澤典子、宮尾節子、山田亮太、四元康祐、渡辺玄英

  • 11月24日(火)

    深夜の駅
    るるる6両の電車が目の前を通過する
    誰も乗っていない
    明るい視野の中には
    ただ
    空気と呼ばれる死が満ちていて
    誰も乗っていないるるるるる

    最後尾の車両には
    ここにいないわたしが白いマスク姿で
    乗っている
    しずかに咳をしている
    心音はもうきこえない
    電車が通り過ぎたら
    わたしはいなくなっているからね

     西鉄電車はアイスグリーン
     (歯磨き粉の色をしてる
     あたりは明るくても(駅の外は闇だよ
     だれも気にしてくれないなら(波打ち際
     わたしは一人でここで毎晩歯磨きしてもいいな

    車窓からここにいないわたしをみているホームのわたしが見える
    ほんの一瞬
    あれは六年前にいなくなったわたしですね
    わたしに出会っていれば死ななかったかもしれないあなた
    もうちょっと生きてみっかなと呟きながら
    すこしずつすこしずつそして一瞬で波に攫われたわたし
    (死の気配に包まれてもマスクをしていれば耐えられる
    耐えられる、生きているあいだは死なない気がする
    (駅を通過して
    (暗い窓に蛍のように波が打ち寄せる
    あのときわたしは
    電車には乗らなかった
    るるるるる

    福岡・薬院
    渡辺玄英
  • 11月23日(月)

    中旬くらいから
    四百人、五百人と感染者が増え出して
    そうして迎えた十一月の三連休
    江ノ島は観光客で大賑わいだ
    政府がGo toにストップをかけると
    数日前に言ったものだから
    ようやく取り戻した享楽に
    自粛をかぶせられるその前に
    人びとは休暇をむさぼっている

    とはいえ
    私たちの善良に疑いはない
    遠くの人たちの不幸の為に
    私たちはいつでも祈ってみせる
    ふたたび中止になってゆく
    イベントの報せを聞いては嘆き
    感染者の急増加に胸を痛めて
    身近な人が罹らないかと
    食卓の上で心配しながら
    Go toトラベルで安く訪れた
    京都土産の阿闍梨餅を
    熱いコーヒーと一緒に食べている
    それが我々の善良だ

    最近のどの週末よりも
    いっそう沢山の人々が
    江ノ電や小田急の改札から
    列車が着くたび続々出てきて
    弁天橋を渡ってゆく
    回廊のこの混雑を
    確か前にも見た事があると
    四月十二日に自身が書いた
    一番最初の「空気の日記」を
    さっき一度読み返してみた

    「つい先月の
    三月の三連休も
    島へと繋ぐ弁天橋は
    にぎやかな群れで混み合っていた
    したしく呼気を触れ合わせ
    ひとびとが笑顔で渡ってゆくのを
    やさしい風景の快復なのだと
    わたしもここでながめてた、その微笑の
    誤謬への加担」

    三月の連休の後に
    私たちに起こった事が
    いま一度また起こるのだろうか
    欧米の都市が再びロックダウンしてしまっているように
    この国でも
    もしかしたら
    (あるいは)

    いずれにせよ
    幾度だって日常をあやうくしてゆく
    私たちのこの善良は
    まったく遺伝的なものなのだ

    だから
    不安に打ち据えられながら
    希望にうっとりと束縛される
    私たちはこれからも幾度だって
    史実を安易に模倣して
    生存と享楽とを秤にかけては
    時代を過酷にさらしてゆくのだ

    神奈川県片瀬海岸・江ノ島
    永方佑樹
  • 11月22日(日)

    かつて
    いつも
    嵐になっていた
    ところの
    枯れ木の並木の間に
    落ち葉が群れ
    大学生の代わりに
    将来の野心を語り合う

    K—POPがきっかけで「日韓翻訳者になりたい」
         という声とか
    モデルだったころに生まれた摂食障害を乗り越えたい
    会議にちょうどいい瞬間に虹色シロフォンで句読点をつけたい
    KOTOBAスラムジャパンの西東京大会を優勝し全国大会に出たい
    法人契約を取って少しでも楽になりたい
    現場で弁当に炭水化物ばっかりだと不満を言う俳優を首にしたい
    マスクなしに人と自由に交流できる世界を連れ戻したい

    という風に
    あらすじのイトが交錯している
    皆のチャットボックスに
    8888888888と褒め言葉を入力し
    繰り返す

    東京・神楽坂/千葉・東金/東京・表参道
    ジョーダン・A. Y.・スミス
  • 11月21日(土)

    頭のなかでも声を出さずに
    完全なる沈黙のうちに記された言葉と
    認知の茶の間に闖入するマカDXのインフォマーシャルの
    恥しらずな声で喚いた言葉を
    区別できるかい、
    同じフォントの活字で印刷されていたとしても?

    7階にはLoftや無印
    8階はスポーツウェアや子供服なんかがあって
    海と緑の食祭空間「ダイニングパーク横浜」は10階、それをそらで
    言えるくらいには君のことを分かっているつもりだけど
    9階のあのがらんと殺風景な空間を
    「市民フロア」と呼ぶのはどうなんだろう

    関内マリナードの地下街にいる人たちって戸籍ないんですよいろんな事情があって
    だから寿町にだっていられないのよ

    どうなんだろう、そうなんだろう、はい、じゃあ
    お口を開いてみましょうか、彼はどんな
    断定も命令もしようとしない
    優しさとはひたすら痛くないであることと心得て、ふわふわのタオルで
    視界を覆おうとする、おおおうとする、おおお
    うおぅ菅義偉様

    首相就任して、
    おめでとうございます!!!!!
    「して」が余計だけど、ここは半分日本じゃないからね
    人種や国を越えた素朴な純情(拍手)
    その隣でずらりと鈎の先から吊り下げられて
    整列する首なし死体は

    奴ら、それとも俺たち?
    毎日夕方の雲が素晴らしいから
    空ばかり見上げていますがキョービの抵抗の合言葉だ

    それから夜がやってきて
    大岡川の川面に角海老の巨大な触角が揺らぎ始めると
    誰かが成層圏の一番の上層の
    きらびやかな氷窒素のあたりから
    バスクリンをぶちまける、すると羊歯の胞子か
    白亜紀の海岸の砂粒のようなあの黄緑色が音もなく爆発して
    浜風に乗ってあたり一面に蔓延してゆく、
    舌先に凝固する

    *宮沢賢治からの引用があります。

    横浜・黄金町
    四元康祐
  • 11月20日(金)

    靴下もタオルも 
    くちびるも すぐに乾く
    豆を煮つめる小鍋に
    なけなしの湯気が立ちのぼって
    生温かい日和をもてあます

    最多記録の更新は予見のとおりで
    第2波とは桁ちがいの棒グラフも
    とっくに約束されていたこと
    皮膚の手ざわりは世間の不穏とずれたまま

    「イベント」のたび増幅する
    可聴帯域を外れた地鳴りのようなもの
    それをたやすく左右できることばやBGM
    同じ振動数を拾われて
    光の訴えに耳をふさいで
    違うふるまいを選ばずに
    波形のくりかえしに流されて

    ワクチンが登場したあとは
    長いトンネルを抜けたみたいな
    お祭り騒ぎが待つのだろう

    父母に学んで身じまいを考える
    子どもを持てなかったわたしたちは
    上下左右をさばく知恵のあるうちに
    おしまいの居場所を決めること
    残して行く全部を
    (かわいい)トカゲたちに割振りすること

    ああオレたちもこんなこと 話し合う日が来るなんてさ
    わたしけっこう楽しいけど
    そうか と言って間をおいて 
    そうだよね と顔を上げて夫は笑った

    みんないつかいなくなるという平等
    からだの声とふくよかに交信しながら
    連続性の眩しさを呼吸として
    近づく死にやわらかく向かい合う
    その日々を未来と呼ぶことを
    わたしはためらわない

                          

    東京・目黒
    覚和歌子
  • 11月19日(木)

    夜明けの訪れが遅くなって
    目を覚ましてもまだ、夜が離れないままでいる
    青暗い空に、山の輪郭だけが灰色に滲むのを
    布団から見つめるのが好きだ

    乾いた秋風と朝夕の冷たさが厳しくなるほど
    あか、だいだい、きいろ、ちゃいろの
    山の装いが増して

    今年は
    ひときわ 紅葉の色づきがよく
    ひときわ 観光客が訪れている

    もう、こんなにも欲しい
    外を
    色を

    「木は 人が好きだよ」
    と言われたことを思い出す
    きっと木にあたためられている

    ひらひらの
    ぱらぱらの
    落葉を
    せいいっぱいに集めて
    ごろごろに寝転んで
    かさかさに埋もれたら
    もう笑ってしまうしかないね
    だって、秋がちらばっている

    ねえ
    触れ合わない唇で味わえるものは
    もう全部、味わい尽くしたんじゃないかな

    ねえ
    まだあるのかな

    大分・耶馬溪
    藤倉めぐみ
  • 11月18日(水)

    この時期にしてはめずらしく気温が上昇し、
    わたしたちは
    うっすらと汗ばんでいた

    ニュースが
    気温のほかに様々な数字を伝えている
    こうなることは
    前からなんとなく分かっていたが
    実は少しも分かっていなかったのだ

    カミュが『ペスト』に
    「なるほど、不幸のなかには抽象と非現実の一面がある。しかし、その抽象がこっちを殺しにかかって来たら、抽象だって相手にしなければならならぬのだ。」
    と書いたことを
    ぼんやりと思い出しながら
    歩いて帰ると

    繊い月も
    ぼんやりと
    雲の間に出ていた

    ランベールの「あなたは抽象の世界で暮らしているんです」という言葉と
    リウーの
    「人間は観念じゃないですよ、ランベール君」
    との言葉
    彼らの議論が
    夜の空気に
    ささやかに響くのである

    ※引用は全て アルベール・カミュ 『ペスト』 宮崎嶺雄訳 新潮社 2013年 による。

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