© SPINNER. All Rights Reserved.
執筆者別アーカイブはこちら

空気の日記

WRITER

oblaat

新型コロナウイルスの感染拡大により、街の様子がすっかり変わりました。
多くの人々が、せいぜい悪性のかぜみたいなものだと思っていたのはほんのひと月前で、社会の空気の変化に驚いています。
未曾有の事態なので様々な出来事は記録されていきますが、こういう時こそ、人々の感情の変化の様子をしっかり留めておくべきではないかと思いました。
「空気の日記」は、詩人による輪番制のweb日記です。その日の出来事とその時の感情を簡潔に記していく、いわば「空気の叙事詩」。
2020年4月1日より、1年間のプロジェクトとしてスタートします。

MEMBER

oblaat(オブラート)は、詩を本の外にひらいていく詩人の集まりです。
http://oblaat.jp/

「空気の日記」執筆者

  • 新井高子
  • 石松佳
  • 覚和歌子
  • 柏木麻里
  • カニエ・ナハ
  • 川口晴美
  • 河野聡子
  • さとう三千魚
  • 白井明大
  • 鈴木一平
  • ジョーダン・A. Y.・スミス
  • 田中庸介
  • 田野倉康一
  • 永方佑樹
  • 藤倉めぐみ
  • 文月悠光
  • 松田朋春
  • 三角みづ紀
  • 峯澤典子
  • 宮尾節子
  • 山田亮太
  • 四元康祐
  • 渡辺玄英

新井高子、石松佳、覚和歌子、柏木麻里、カニエ・ナハ、川口晴美、河野聡子、さとう三千魚、白井明大、鈴木一平、ジョーダン・A. Y.・スミス、田中庸介、田野倉康一、永方佑樹、藤倉めぐみ、文月悠光、松田朋春、三角みづ紀、峯澤典子、宮尾節子、山田亮太、四元康祐、渡辺玄英

  • 7月7日(火)

    この前の選挙、誰に投票した?3,661,371(59.70%)〇〇〇さん?844,151(13.76%)それとも△△△さん?657,277(10.72%)え?612,530(9.99%)なんでその二択?178,784(2.92%)いや、どうせどっちかだろうと思って。43,912(0.72%)ごめん、偏見です。22,003(0.36%)やっぱり◇◇◇さん?21,997(0.36%)人気あるよね。20,738(0.34%)全世代で圧倒的に支持されたって。11,887(0.19%)なんで投票した前提で話してるの?10,935(0.18%)ごめん。8,997(0.15%)そうだよね。5,453(0.09%)半数近くの人は投票してないって。5,114(0.08%)え?4,760(0.08%)そもそも東京都民じゃないし。4,145(0.07%)そうなの?4,097(0.07%)あ、東京都の本日の新規陽性者数は106人です。3,997(0.07%)うん、急にどうした?3,356(0.05%)東京オリンピック開幕までいよいよあと二週間となりました!2,955(0.05%)やらないけどね、今年は。2,708(0.04%)全国、全世界のみなさん、東京でお会いしましょう!1,510(0.02%)

    東京・調布
    山田亮太
  • 7月6日(月)

    ゴオルラインに走りこんでいく
    オルラインに走りこんでいく
    ルラインに走りこんでいく
    ラインに走りこんでいく
    インに走りこんでいく
    ンに走りこんでいく
    に走りこんでいく
    走りこんでいく
    りこんでいく
    こんでいく
    んでいく
    でいく
    いく

    言うことを聞かない午後十一時。

    東京・西荻窪
    田中庸介
  • 7月5日(日)

    録っておいた
    韓流のドラマを観終わって
    夜の八時になるところだったから
    ニュースに切り替えると

    都知事選の結果が
    投票を締め切ったとたん
    当選確実といって伝えられて
    すでに
    録っておいた映像が
    流されているような感じがしたから
    また韓流に戻って続きを観た

    ゼロ打ちといってね
    、て
    うたに
    あとで説明したのは
    いま選挙が終わったばかりで
    これから数えるのに
    なんでもうわかるの?
    、ていう素直な疑問に
    ぼく自身も首をかしげながら
    これじゃあ
    投票してもむだって思っちゃうよね
    きっとテレビ局も
    どこよりも早く
    当選者を報じたいんだよ
    とか
    そういう話まじりで

    都民から
    沖縄県民になって十年めになるけれど
    基地反対と思って
    一票を投じたら
    ちゃんと基地反対の人が
    議員になったり
    県知事になったり
    そうだよね
    みんな 平和がいいよね
    、て選挙のたびに思えるこの島は
    それだけでもうほんとうに
    東京にいた頃とは全然違うのは
    基地があることがどういうことなのか
    忘れる一瞬すらないくらい
    ひどい出来事が尽きないからだから

    寝る前に
    いっぺんゲームしない?
    、てせっかく
    うたときみが誘ってくれたけど
    なんとか今日の夜十二時までに間に合うように
    いまこれを書いている

    沖縄の人たちが
    どんな思いをしてここまで来たのか
    でもその足もとでまた
    ケーザイケーザイと呪文みたいに言うわりに
    経世済民の意味さえ忘れて
    いつ崩れてもおかしくない綻びを
    いつもいつも
    繕っていく大事さをひしひし感じながら

    ちゃんと人間の手は
    他者と手を取りあえることを
    こんな夜だから
    書いておかなくちゃ

    さっき上等な
    (島では上等って言葉をよく使う
    おばあちゃんもよく言ってた)
    お茶を淹れて
    いま飲んだところ

    幸せを
    心にとめて
    今夜はお酒を飲まないで
    寝てしまおう
    まだしばらくは寝つけないかもしれないけど


    今夜も九州で大雨の予報が出ている
    どうか無事でありますように

    ※経世済民…世を治(経)め、民を救(済)うこと。

    沖縄・那覇
    白井明大
  • 7月4日(土)

    知らない部屋がひろすぎて
    ぼくの心まで沈黙していた

    移動を繰りかえして
    範囲は狭まって
    もうこれ以上行ける場所がなくなったら
    またちがう部屋を探す

    生まれ育ったところが
    水にあふれていく
    すべて液晶をつうじて知る

    午後六時半に
    つたう
    地下鉄沿いにまっすぐ東へ

    自生するラベンダーを摘んで
    なにもない顔に近づける

    液晶をつうじたものと
    目前にあるものの差は
    よりそわない

    人類はみんな
    やわらかく首をしめられていて
    かぞえきれない腕が空から伸びて
    首筋をつたう指先は夕暮れだった

    北海道・札幌
    三角みづ紀
  • 7月3日(金)

    六月の
    終わりか

    世界の死者50万人 感染者1000万人


    新聞の見出しが
    あった

    50万人の死者
    1000万人の感染者

    その数の人の姿を思い浮かべることができない

    家族と
    会わず
    死んでいった
    焼かれた
    焼かれず埋められた

    一昨日

    7月1日

    庭で
    ゴミのポリバケツに二匹のナメクジを見つけた

    香港国家安全法
    施行された

    NHKの夜のTVニュースで
    香港の
    陳式森をみた

    300人以上が拘束された
    9人の逮捕者がでた

    逮捕者に重刑が科されるという

    今朝
    7月3日

    雨はやんだ

    ゴミ出しにいった

    モコは
    ついてこなかった

    ナメクジはいなかった
    ポリバケツ

    銀色の光る道を残していた

    ウイルス
    生を媒介する

    静岡・用宗
    さとう三千魚
  • 7月2日(木)

    昨日受理した協議書を点検している
    添付の印鑑証明が古い
    代理人はコロナだからカンベンしろと言う
    カンベンは
    できない
    人の財産にかかわる

    少しずつ恨まれていく仕事ではある

    アクリル板を隔てて
    図面の相談はできない
    カウンターが狭くなっただけだ
    と、同時に
    世間も狭くなった
    図面を囲む男たちの
    心の距離は遠い

    しかしずいぶんむかしから
    こうだったとも思う

    帝国ホテルプラザで
    松元悠さんの個展を見た
    ぼくたちの生は距離でできている
    当事者であろうとして
    当事者ではない者が抱く
    あの距離のように

    霊的なおのの充満
    それは無限大の距離を意味する

    アマビエ さ ま

    小平市
    田野倉康一
  • 7月1日(水)

    こういう忙しい日に限ってこういうことは起るもので、机の下から出てこない。きょうおやすみするんだー。熱を測る。37.0℃。37.5℃あれば強制的に帰される。ちょうしわるいんだー。机の下から出てこない。ああ。机の下から出てこない。出てこない。あきらめて電話をかける。お大事にしてくださいね。じゃ、せんろつくろっかー。すこし線路をつくる。もっとおっきいのー。増設する。これ、のったよねー。またのろっかー。あれはいつだったか。このひと月のどこかのことだ。すこしゆるみはじめたころ。ひさしぶりに電車にのった。まず自転車にのって東京駅まで行って丸善で本を買って。東京駅から電車に乗って、山手線のあたらしい駅を見に行ったのだった。これー。あたらしい駅のあたらしい自動販売機で桃のジュースを買う。いちばん高いやつだった。180円もする。背の低いペットボトルにもかかわらず。べつのときのこと。これはつい先日のことだ。べつの駅で、おなじ180円の桃のジュースを買う。福島の桃の濃厚なジュース。でもそれを水色の電車の窓のところに置き忘れてしまう。まだ開けてもいなかったのに。あれは、赤羽から王子のあいだ。王子から都電に乗って鬼子母神前まで。

    都電の王子駅は正式には王子駅前駅という。駅前駅って。そこから早稲田方面へ向かうとまもなく、飛鳥山をのぼる。都電の線路が自動車と同じ道路の上を走っていて、前を行く自動車といっしょに信号待ちをしたりしている。車と車とにはさまれて。車電車車って。鬼子母神前でいっかい降りてギャラリーに寄る。こんなポスターばかりの展示久しぶりにみました。そういえば、昔タロウナスさんで、トム・クルーズの映画のポスターだけが貼られた展示ありましたよね、あれはびっくりしたけど、あれは作家は、えっと…。眞島さん。そんなことを話して、それからもういちど都電に乗って、早稲田まで出て、駅を降りてすぐのところにあるギョーザ屋さんでギョーザを食べて、それから地下鉄の早稲田駅のほうに向かって、駅前に公園があった。そこですこし遊ばせて、それから東西線に乗って、帰ってきたのだった。

    山手線のあたらしい駅から、となりの品川駅へ。東京駅で駅弁を買おうとおもったのだけど、閉まっていたのだった。それで品川駅へ出てみたら開いていて。とんかつ弁当か何か買って。ふたりでわける。常磐線に乗って、ボックス席で、がらがらの車両で、いま買った駅弁を食べたのだった。

    さっきのギョーザ屋さんのあたりで左に折れると川にでる。神田川で、ここに芭蕉庵がある。たしか東京で三つある。そのうちの一つ。もう一つは家の近くにある。芭蕉庵のところの急な勾配にある神社をぬけると永青文庫がある。ここで2年ほど前に良寛の展示を見た。あれはフィンランドから帰ってまもないころ。フィンランドのラハティでおじゃました、地元の著名な詩人レアリッサ・キヴィカリさんのお家で、愛読しているという、良寛の本を見せてもらったのだった。英訳された良寛の和歌を、レアリッサさんは読んでくれて、とても好きなのだといった。その和歌がどんな和歌だったか忘れてしまったが、水が出てくる。川についての歌だったとおもう。

    レアリッサさんに、別れ際、プレゼントをもらう。いろいろなものが入っている。レアリッサさんの絵、手紙、たくさんの蝶々を象った紙、それからムーミンのマグカップ。縁がすこし欠けている。わたしたち詩人っていうのは、このマグカップとおなじで、どこか欠けているものなのよ。

    芭蕉庵から川沿いに江戸川橋駅のほうへすこし歩くと、椿山荘にでる。毎年ここの庭園でホタルを見ている。こどものとき、ホタルなんて見たことなかった。おとなになってから、30を過ぎてからは、毎年ホタルを見ている。今年はひさしぶりにホタルを見ていない。椿山荘の庭園は閉まっていて、電車に乗ることさえホタルのころにはままならなかった。

    あのホタルが見られる郊外の田園が、ドラマの中で出てきた。一時期、毎年行っていたが、もう何年も行っていない。もしかしてあそこかな、とおもって調べてみたら、そうだった。それでひさしぶりにそこを訪れてみたい気もしたが、電車乗ることがはばかられるし、都外に出ることは禁じられていたのだった。それでホタルも、ロケ地めぐりも、あきらめた。

    テレビドラマなどというものを、もう長い間(記憶しているかぎり、20年以上)見たことがなかったのだけど、この間、久しぶりに見てみたら、けっこうおもしろくてつぎつぎに見てしまう。今年はホタルも見られないし。ホタルの代わりに家でドラマを見ている。ドラマなどもホタルとおなじで、いろいろなひとたちが入れ代わり立ち代わり、明滅している。それをぼーっと眺めている。

    新作のドラマが止まっているので、代わりに近年流行ったドラマの再放送をやっているので、とりわけおもしろいやつばかりが流れていたのかもしれない。「凪のお暇」を見て「中学聖日記」を見た。どちらにも女優のY・Yが出てくる。Y・Yは私の前の詩集にも出てくる(わたしが勝手に書いたのである)。たぶんわたしはY・Yのファンなのだとおもう。どちらもY・Yは主役ではないのだが、主役ではない、Y・Yが演じている人物の人生のほうが気になる。黒木華や有村架純よりも。もっとY・Yが演じている人物にフォーカスしてくれたらいいのにとおもう。それから、WOWOWのリモート制作ドラマで、大泉洋とY・Yの2人のドラマ「2020年 五月の恋」も見る。大泉洋が別れた元妻であるY・Yにまちがい電話をかける。そこから毎晩のように大泉洋とY・Yは電話で話すようになる。

    ときどき、電話のぐあいで、相手の声はわたしに聞こえているのだけど、わたしがいくら話しかけても、わたしの声は相手に聞こえない。ちゃんと聞こえてるよ。返事もしている。だけど届いていない。しんだらこんなかんじかな。いつもそうおもって、しばらくのあいだ、そんな臨死体験を、予行演習として、しばらくつづけている。もしもし、もしもし。うん、うん、だいじょうぶ、きこえてる。こっちは、きこえてるよ。そのまま、はなしていて。ちゃんと、きこえてるから。

    いくつかのリモート制作ドラマや短篇映画を見たが、もともとドラマや映画をみるとき、わたしたちは俳優と俳優が演じている人物を二重写しに見ている。リモート制作ドラマでは、俳優たちは自宅に居たり、自撮りをしたりしていたりする。いつも以上に、演じている人物と俳優そのものとの境界があいまいに感じられる。

    昔、ルイ・マル監督の遺作で「42丁目のワーニャ」という映画があって、それはチェーホフのワーニャ伯父さんの舞台の練習風景を撮った映画で、ワーニャ伯父さんを演じる俳優たちは衣装ではなく、普段の稽古の恰好をしている。しかし、通し稽古で、ワーニャ伯父さんの人物たちを演じている俳優たちをずっと見ているうちに、俳優たちと演じている人物のどちらを見ているのかわからなくなってきて、映画を見ているのか演劇を見ているのかわからなくなってきた。

    こないだ、待ちに待ちまくって、公開初日に勇んで見に行ったグレタ・ガーウィグの新しい映画では、グレタの前作でも主演を演じていたシアーシャ・ローナンが演じていて、その前作「レディ・バード」はグレタの自伝的な作品とされていて、そのグレタの自伝的な主人公を演じたシアーシャが、今回も、グレタが愛読してきた「若草物語」で、自分を重ねてきたであろうジョーを演じている。「レディ・バード」では、わたしたちは、シアーシャ・ローナンを見ながら、シアーシャが演じる人物(レディ・バード)を見ながら、そのモデルとなっているグレタ・ガーウィグを見ている。「若草物語」では、シアーシャ・ローナンを見ながら、シアーシャが演じているジョーを見ながら、「グレタの中のジョー」を見ている。かくも、あまりにも複雑な映画なので、わたしは一度ではとても見切れた気がせず、今日は7月1日で映画サービスデーなので、もう一度見に行きたかったのだが、今日はとてもそんな時間はなかったのだった。

    複雑な映画といえば、ビー・ガン監督の「ロングデイズ・ジャーニー」をこないだ見た。公開されてわりに早い時期に映画館がすべて閉まってしまったので見逃していたのだが、舞浜の映画館でやっていて、見ることができた。ディズニーランドのやっていない舞浜駅は閑散としていて、イクスピアリにも人はまばらだった。逆にこっちのが夢みたいだな、とおもった。「ロングデイズ・ジャーニー」のわたしの見た回はほかに3人の客がいて、ソーシャル・ディスタンスはまず保たれているとみてよさそうであった。2時間強の映画の後半1時間が3D映画になる。映画の中で主人公が映画館に入る。主人公が映画館でメガネをかけたら、そのとき観客もいっしょにメガネをかけてください。とあらかじめ云われている。しかし、映画がはじまるとすぐに彼は居眠りをしてしまう。彼は、わたしは夢をみている。3D独特のハリボテのような遠近感は、夢の遠近感に似ている。似ていない。夢をおもいだしたときの記憶の遠近感に似ている。似ていない。フェリーニの映画を思い出すとき、3D映画の遠近感でよみがえるのだが、フェリーニの映画は3D映画ではなかったはず。さっき見ていた映画のことを、じゃなかった、夢のことをいま、おもいだそうとしているのだが、どうしても思い出すことができない。いつもどおり、呼吸がくるしくて目がさめた。目がさめてすぐに、日記のつづきを書かなくちゃとおもって、いまこれを書いている。夢のなかで、いくつかの丘を越えた気がする。

    日記を書いているうちに、日記を書いているのか何を書いているのか、わからなくなってしまう。日々、記憶は増えていき、同じ電車に乗っても、いくつもの駅で降りたり乗り換えたりするので、そのたびに混線してしまう。2020年7月1日にもどると、線路は完成した。私は今日しめきりの原稿にふたたび取りかかるものの、またすぐに呼ばれしまいなかなか集中できない。テレビみる?プーさんみるかー。それで幸い、「くまのプーさん」とペンで書いているDVDがDVDの山のいちばん上にあって、プレイヤーに入れると、「くまのプーさん」と「ティガー・ザ・ムービー」の2本が入っている。ティガーの話、見てみる?うん。それでティガーの話を再生する。あ、プーさんだ!あ、ティガーだ!よし、これで1時間ちょっとの間は原稿に集中できる。ありがとうプー。ありがとうティガー。ありがとうクリストファー・ロビン。ありがとう100エーカーの森の仲間たち。

    「くまのプーさん」のラストでは、もうじき学校に行くことになるクリストファー・ロビンが「大人になると何もしないってことができなくなるんだ」と淋しそうに言う。何もしないことができない。これから原稿を夕方までに送信して、雨が上がったなら散歩にもつれていって、それから部屋を片付けながら夕飯のしたく、その間に、19時からのオンラインミーティングの準備もしなければいけない、そのあと24時までに日記も書かなくては。請求書の請求も来ている。あのメールもまだ返せていない。明日までに印刷所にお金を振り込んでおかないと。忘れないように。何もしないことなどできない。

    いまふりかえると、ステイホームの時期にはもうすこし時間があった。なにもしないこともできたのかもしれなかった。それでもずっとなにかをしてしまった。ドラマもたくさん見てしまった。もったいないことをしてしまった。気が付くと、床いちめんに、チョコクリスピーがばらまかれていて、はんぶんくらいは、すでに踏まれて粉々になっている。飛び跳ねた、ティガーが踏んづけたのだとおもう。チョコクリスピーの海をかきわけて、いくつもの電車が走りつづけている。わたしはつぎの電車に間にあいたくて、シアーシャのように駆けだした。

    東京・深川
    カニエ・ナハ
  • 空気の日記
  • エマらじお
  • わたし自炊はじめました
  • 交換日記 凪
  • utakata
  • Spiral Schole
  • 妄想ヴォイスシアター
CREDIT