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連載:杉野希妃のきまぐれビュー

2020.06.10

佐々部監督と星明子


映画人・杉野希妃が、日常の気になること、映画のこと、好きなことなどを綴ります。

「悲しい知らせがあります」
伊嵜充則さんからのメッセージがグループラインに久しぶりに届いた。
グループとは『群青色の、とおり道』という映画で出逢った仲間6人のもの。いつもは変なスタンプや冗談なんかを送り合う癒しラインのはずなのに、様子がおかしい。最悪な事態が脳裏をよぎる。少しして、佐々部清監督が今朝亡くなったというメッセージが飛び込んできた。
鼓動が急激に早くなり、嘘だと願いながら監督のFacebookを急いでのぞいた。韓国映画の感想が楽しく綴られている二日前の投稿で終わっていた。こんなに元気そうなのに何故…。
外出自粛し始めてすぐの、3月31日夕暮れ時のことだった。

佐々部監督とは、2013年の年末に明治大学が主催する映画祭の審査をご一緒にしたことがきっかけで交流が始まった。巨匠=気難しい方なのではないかと思いきや、学生の皆さんに愛溢れるコメントを丁寧に紡ぐ、とても律儀できさくな方だった。偉ぶることなく、取り繕うことなく、真っ直ぐに人と向き合うそのお人柄は、人のうわべを射抜くというより、溶かす空気をはらんでいた。

それからというもの、事務所に呼んでいただいたり、パドックという監督行きつけのバーにご一緒したり、ヒカリエでの監督のトークイベントを見学したり、『ほとりの朔子』をイメージフォーラムまで見にきてくださったり…映画を通じての行き交いを少しずつ重ねた。

『群青色の、とおり道』でヒロイン・唯香を演じないかとオファーをいただいた時は、私という些細な存在を心に留めていてくださったことがただ嬉しかった。
撮影現場の監督はまさに映画を駆けまわっていた。その裏には人間の力を信じるどっしりとした大河が流れていた。監督の発する言葉と動きは不思議と緩急ついてリズミカルで、その張り感はほとんどドラムを叩いているようだった。けれど、圧迫するのではない、相手の声をけして消さない叩き方。

ひとつ、もやもやしていることがある。
ラストシーン、唯香の表情を撮る直前のこと。しんみりしたシーンだったので、スタンバイし感情を高めていた私に監督はすうっと近づき、「希妃ちゃん、巨人の星の星明子だからね!」とそっと耳元で囁いて、にやりと笑いかけたのだった。最も大切ともいえるシーンの、撮影直前のピリッとした緊張感を肌で感じながら、咄嗟に「わかりました!」と頷いた。監督の言うことは何でもわかってまっせ! とも言わんばかりの笑みを添えて。ところがどっこい、巨人の星を読んだことがない私は、頭にはてなマークが浮かんだ。星明子….。うん、聞いたことはある、たしか昔のアニメを振り返る的なバラエティ番組で見たことが、たぶん、ある、泣いてるお姉ちゃんだったよな…? 曖昧な記憶を頼りに、はてなマークを数秒でなんとか打ち消した。自分の感覚を信じるしかなかった。
おそらくワンテイクでOKだったはずである。感覚はあながち間違いではなかったようで、「良かったよ」と言われ、ことなきを得た。
星明子をよく知っていようといまいと、自分の芝居は変わらなかったかもしれない。とはいえ、自信満々にわかったふりをしてしまった自分に、今でもちょっぴり引っかかっている。見せかけのものが大嫌いな監督なのに。
監督、わかったふりをしちゃって、ごめんなさい。

今日は四十九日(5月18日)。何度も写真を見ながら、監督のことを想う。「生きる」という言葉は生きている人全員に合う言葉ではない。監督は「生きる」という言葉がとても合っている。おそらく誰よりも。現在進行形でしか語れないエネルギーがこの世にまだ散らばっている。

監督、あいたいです。

※このコラージュは、伊嵜充則さん、升毅さん、撮影監督の早坂伸さんのお三方が中心となって作られたものです。

『群青色の、とおり道』はhuluで配信中なので、もしよろしければご覧ください。故郷の風が心地よい青春映画です。

写真:齋藤真理
写真:齋藤真理
写真:齋藤真理

PROFILE

  • 女優・監督・プロデューサー
    杉野希妃

    1984年広島県生まれ。2005年、韓国映画『まぶしい一日』宝島編主演で俳優デビューし、続けて『絶対の愛』(06/キム・ギドク監督)に出演。『歓待』(10/深田晃司監督)では主演兼プロデューサーを務め、作品賞と女優賞を受賞。その後の出演・プロデュース作は『おだやかな日常』 (12/内田伸輝監督)、『ほとりの朔子』(13/深田晃司監督)他多数。『マンガ肉と僕』(14)で監督デビューを果たし、第2作『欲動』(14)で釡山国際映画祭の新人監督賞を受賞。第3作『雪女』(16)は東京国際映画祭コンペティション部門に正式招待、ケソン国際映画祭で審査員賞を受賞。今後の公開待機作は 『ユキとの写真』(ラチェザール・アヴラモフ監督)等。

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