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DIALOGUE

2021.02.19

SPINNER × 向田邦子没後40年特別イベント「いま、風が吹いている」特別対談 第1回 ミヤケマイ×前田エマ

  • 対談:ミヤケマイ(美術家)・ 前田エマ
  • 編集:SPINNER編集部
  • 撮影:長田果純

旺盛な好奇心で風のように軽やかに生きた、向田邦子。台湾の飛行機事故での突然の死から40年となる2021年1月、スパイラルで特別イベント「いま、風が吹いている」を開催。本展にあわせ、SPINNERの編集長・前田エマをホストに、現代を軽やかに生き抜く女性クリエイターたちと、仕事、暮らし、ファッション、旅など、向田邦子が関心を寄せた様々な事象について展覧会の会場で語り合いました。当日の対談をレポートします。

前田:皆さんおはようございます。本日はゲストに、ミヤケマイさんをお迎えいたしました。
まずご自身についてどのような活動をされているのか、簡単にお話しいただければと思います。

ミヤケ:ミヤケマイと申します。美術家をしております。4年前から京都芸術大学の教授として、日本の伝統的な美術、いわゆるお能や立花、お茶とか、そういうものから現代美術までをつなぐ美術工芸学科の基礎美術コースで教えていて、最近は京都に住んでいます。私自身は、日本美術という東洋思想を基本としたインスタレーションなどの作品をつくっていて、最近だと「さいたま国際芸術祭」や金沢21世紀美術館などで発表しています。

前田:ありがとうございます。
ミヤケさんは向田さんの作品がお好きと伺っているのですが、出会いはどのようなきっかけだったのでしょうか。

ミヤケ:中学生ぐらいの時、私は本を読むのが大好きで、映画を見るのが好きという、ごく普通の子でした。その時、最初に読んだ向田邦子さんの作品が、『思い出トランプ』という短編小説です。それが衝撃の吸引力で、この人はすごい描写力だなと、読んでいると画面が見えてくるような感覚がありました。常々私が感じていた、人に対する疑念みたいなものがすごく丁寧に書かれていて、真実はなかなか言葉にするのが難しいものなのですが、それをちゃんと言語化して人に伝えることができる、すごい作家さんを見つけたと思いました。たぶん世間はみんな知っていたのでしょうけど。その後作品を全部読み続けていったという感じです。

前田:私が初めて読んだ向田さんの作品は、『夜中の薔薇』というエッセイです。大学生の時だったのですが、自分のことを良い人として書かないというか、良い人に思われるように書こうというところが全くなくて、そのことにすごく救われたという体験がありました。

ミヤケ:そうですよね。向田さんって「嘘」に敏感な人だなと思います。言葉に出しちゃうと嘘になる。嘘をつこうと思っていなくても、嘘になってしまう。本人が無自覚な潜在意識の嘘、潜在意識と表層意識がずれていることにもすごく敏感な人で、それが最大の魅力だなと私は思っています。

前田:向田さん自身はこれだけ作品や使っていたものが世の中の人の目に触れているにも関わらず、秘密を持っているような雰囲気を持ち合わせている稀有な方だと私は感じています。それは作品を読む中でも感じます。嘘はつかないけれど、書かないことは書かないというか。こちらが勝手に想像をしたり、頷ける部分をバランスよく書いている人だなと今の話を聞いて、改めて思いました。

ミヤケ:私もわりと同じポリシーというか。表現する人って作品の中で裸にならなければいけないし、真実を負わないと人に伝わらない。逆に嘘がつけないから、黙っておこうという感じだったんじゃないかなという気がします。

前田: 今の言葉がぴったりなような気がしますね。
中学生の時に向田作品と出会った後は、向田さんの作品との付き合い方はどんな感じで進んでいきましたか?

ミヤケ:ファンとして、出ているものは全部読みたいという感じで読ませていただきました。今回、展示を拝見するまで、向田邦子さんという人自体はよく知らなかったんですよ。お料理本を出されていたとか、取材された写真やご本人の白黒の美しい写真を拝見したことはあったのですが、どういう人生を歩んで、どういう私生活の方だったのかは全く存じ上げなかったので、今回(展示に)来て驚いたことがいっぱいあって。面白かったです。

前田:展覧会では、入口に向田さんの姿が写し出された美しいポートレートがあって、そのほか向田さんが旅先で撮られた写真や生い立ちを年表にしたもの、直筆の脚本や原稿、そして向田さんの愛用していたお洋服や器などが並んでいます。展覧会で、他に気になったものやご感想はありますか?

ミヤケ:私は学生時代からこのあたり(会場のスパイラルがある青山)にいたのですが、アンデルセンというパン屋さんの裏のマンションに向田さんが住んでいたということも驚きだったし、飼っていた猫がコラットというブルーグレーの猫だったということも初めて知りました。マミオというシャム猫が作品によく出てくるので、シャム猫を飼っているというイメージだったのですが、コラットを飼っていたんだっていう。私はロシアンブルーという、同じブルーグレーで、コラットよりはもうちょっとシュッとした短毛種で似たタイプの猫を飼っているんです。実はシャムかロシアンブルーか迷ったところがあって、猫の趣味が似ているなと。
私的には、向田さんはすごく知的なイメージで、勝手に字が綺麗だと思っていたのですが、原稿を見るとすごく悪筆で、これを読む編集者さんは大変だったのではと。私もひどい悪筆で、読める人は数人しかいません(笑)。大学の時もみんなは手書きでレポートを出せと言われていたのに、私だけはデータでよいと先生から直々に言われました(笑)。それと、私も器道楽でお料理が好きなので、器にはお財布が緩みがちなんです。向田さんの器は、今時の工芸のギャラリーやミナ ペルホネンさんに置いてありそうな現代の作家さんがつくったようなお皿とか、当時のウェッジウッドでもちょっと王道ではない、ハイブリッドなものとか。自分と好みが近くて、すごく親近感を感じました。

前田: もしかすると同じような景色をたくさん見て、生活されてきたのかもしれませんね。
ミヤケさんはすごく猫がお好きというか、作品にも猫のモチーフがたくさん出てきていますね。私は動物に感情がなくて。猫がいても、「猫だ」くらいの(笑)。

ミヤケ:バナナと一緒みたいな(笑)

前田: そうですね(笑)。向田さんも猫についてのエッセイを多数書かれていて、アフリカ旅行の時の写真にもたくさん動物が写っています。動物ってどんな存在なのですかね?

ミヤケ:さっきの嘘の話にもつながるのですが、動物は人間と違って嘘をつかないから。私もそうなのですが、嘘をつくのが下手で、空気を読んで話を合わせてみたいなのが苦手な人にとっては、人間より付き合いやすい面があるのではないかと思います。嘘がないというか、嫌な時は嫌だし、利用したい時は寄ってくるし。私にとっては人間より得意で、好きというのがあって、植物や動物といる方が幸せというところがあります。
何かを育てるのが好きで、小さい時からありとあらゆる動物を飼っていました。亀、インコ、金魚、モルモット、うさぎ、犬、猫……。ただ猫だけは特別な感じがあって。他の動物はペットという感じなのですが猫は人間と動物の間くらいというか、人間に非常に近いところがあって。人格のようなものがある感じとか、空気よんだりもするんですね。相手が忙しそうだと「今日はかまっていただけない日ですね」みたいな感じでいたりとか、すごく人間っぽいところがあります。犬は出来が良すぎて、いつでもハッピーで、いつでもウエルカムで、いつでも「愛しています」と寄ってくるので、逆に私は罪悪感を覚えます。自分が相手をできないと「本当に申し訳ございません」ってストレスになるのですが、猫はお互い様。愛せる時には愛すけど、余裕がない時は愛せません、みたいなところが人間っぽいなと思います。ペット馬鹿にはなりたくないんですけど……、猫は一番身近にいるモデルで描きやすいということもあって、描いてしまいます。猫の体はしなやかで、変形が面白いので犬よりポージングが多彩なモデルさんです。美術家や文章を書く人は、犬よりも猫を飼っている人が多い気がします。養老孟さんや横尾さんもそうだし、向田さんもそうですけど。猫派が多いのはそういう面白さがあるからかなと思います。

前田:向田さんが猫を3匹飼われていた時に、マミオがすごく好きなんだけれど、それを他の2匹に悟られないようにしなくてはならぬ、といったようなことを書かれていて、対人的というか、人間関係と同じだなと思いました。
ミヤケさんは猫以外にも向田さんとの共通点がおありで、転校も多かったそうですね。向田さんの転校が多かったというエピソードは、脚本を書く上でも、特に取材力に影響を与えているのではと感じます。ミヤケさんも、その土地土地のことを調べられて作品をつくられていますよね。

ミヤケ: 嘘に敏感というのも、おそらく転校生だったからだと思います。子どもの頃の転校は、大人になって(自分の意思で)留学するのとは全然違います。親の仕事で違うところに行かされるのは、子どもにとってストレス。お友達と引き離されて、新しい土地のしきたりだったり、TPO だったり、毎回適応していかないと居心地が悪くなる。転校が多いと、表面的にはそこに合わせて察知して、理解していく能力が高くなるんですよね。そうすると自分自身がブレない強さというか、適応力が出てくるので、色々な人と接して話を聞いたり、情報を得ることが得意になるのかなと思いますね。
私は美術家で、美術家は「もの」を見る仕事なんですが、観察する能力というのは、この転校時代にすごく培われたような気がします。海外に転校した時、言葉がわからない中で生き残るには、人を観察して、ボディランゲージとかちょっとした表情で真意なのか、そうでないのか瞬時に見分けないといけない。子どもなのでそういうことが生死に関わるようなところがあって、観察力が身についた気はしますね。
日本美術には「書画」というフォーマットで、言葉にできるものと言葉にできないものを合わせてひとつの世界をつくるという考え方があります。私も講談社さんから小説を出したり、プラープダー・ユンという友達と、色についての本を出していたりしているのですが。転校すると言葉が違って、ニュアンスが違ったり、通じないこと、言葉だと落ちてしまうものがある。それで幼少期に言葉に興味を持ったからというのはあります。

前田:展覧会では、「徹子の部屋」に向田さんが出演された時の映像が上映されています。直木賞を受賞された後、女性や主婦の方から「私も書きたいです」「どうしたら書けますか?」という声が多く寄せられた、というお話をされていました。書くというのは三角形の一番上のほんのちょっとの部分で、その下、三角形の大部分は、自分が物事をどう感じているかとか「世界への見方」が占めている。書くというのは特別な技術よりも、その下の部分がすごく重要だと思います、と。私自身は、絵も描いて、写真も撮って、文章も書きます。様々な方法で表現をしていますが、全部が私の中では同じことなのです。世界に対しての違和感を、肯定したいからやっているんです。だから、ミヤケさんが文章もアートも垣根なく表現されているのは、とても自然なことだなと私は感じました。

ミヤケ:そう言っていただける方は少数なので、非常に嬉しいですね。
「ミヤケさんって、どこに向かってるの?」とか、「あれもこれもやりすぎだよ」とか若い頃から散々いろいろな方にお叱りをいただいていて。日本人って、これしかできません、っていうのが大好きじゃないですか。私は来るものは拒まず、去るものは追わずで。いろいろ言われましたが、やってみたいことは曲げられずにここまで来てしまったタイプなので、そう言っていただけると救われます。
インタビューで「この作品をつくるのにどのくらい時間がかかりましたか?」とよく聞かれるんですが、微妙な質問だなと(笑)。「今まで生きてきた全部の時間です」とお答えすることにしています。先程エマさんがおっしゃったみたいに、ものを表現するということは、もちろん技術も重要なのですが、その人がどのように見たり感じたりして、取り込んで出すか。空気を吸って吐き出すのと同じように、どういうテンポで、どういう瞬間にやるのかが身に付いていないとできないんですね。逆に言うと、空気みたいなものなので、どんな形にもなるというか。例えば私の場合、工芸のギャラリーでも展示しますし、現代美術の美術館でもやりますし、大学とか企業のお仕事でキュレーションの仕事や、プロダクトも手掛けているので、周りから「どうなっているんですか?」と言われることもあります。でも、入れ物が違うだけで、やっていることは同じというか、水とか空気みたいにクリエイティビティを毎回与えられた入れ物の中に入れていくというだけの話なので、そんなに特殊なことはしていないと思っています。

前田:向田さんの生き方もそういう部分があるなと思っています。小説を書く、エッセイを書く、脚本を書く、ものを選ぶ、そして妹さんとご飯屋さんをやられる。それは一見バラバラに見えますが、たぶんどれも同じ気持ちが根底にはあるというか。人は「分けられない」ということが自然なことです。今は昔よりもそういったことが受け入れられるようになっていますよね。ジェンダーとか、結婚します・しませんとか、職業に就きます、職業名がないような仕事をやっていますとか。「先取り」という言葉はあまり好きではないのですが、向田さんは当時から本当に良い意味で身軽というか、生き方に軽やかさがあるなと思いました。それでいて芯はブレない。

ミヤケ:確かにお洋服を見ても、私たちが着ている服とか着たいと思う服と遜色がなく、タイムレス。本質的なものを見る目があるから、ああいったものを選ばれているのでしょうね。
向田さんは私の母よりも上の世代なのですが、母の世代でもお仕事をされている方や大学に行っている方は少なかったと聞いていたので、女性の立場というものも今とは全く違ったし、求められているものも違う。そんな時代にお仕事して活躍されて。そういう生き方を選んだ方ってやはり一種強度が違うというか、私たちが想像している以上なのではないかと思っています。
今、向田さんの小説を読んでも、多くの女性は共感すると思うんですよね。時代がやっと向田さんに追いついたというか。私の方がエマさんより世代が上なので、私はまだ男女が完全に同等な社会になっているとは思えないところがあります。いろいろな調査を見ても、日本は先進国の中で女性が生きるのが圧倒的に大変ですよね。差別や息苦しさを感じることが多いと思います。私はこういう仕事をしていますし、結婚もしていないので、妖怪扱いというか、異形の人みたいな感じの扱いをやっぱりまだ受けるんですね。女性が思っている以上に、社会や男性はあまり変わってないんだなって思う瞬間が時々にあります。向田さんの作品には、女性がその中でどうサバイブしていくのか、自分を残して生きていくのか、ということがいっぱい書かれているじゃないですか。だから今でも女性はみんなそこにぐっとつかまれるんじゃないかなと思いますね。

前田: そうですね。今読んでも本当に新しいというか、自分のこととして入ってくる部分が多いのが向田さんの作品やインタビューの凄さだなと思います。

PROFILE

  • 美術家/京都芸術大学教授
    ミヤケマイ

    日本の伝統的な美術や工芸の繊細さや奥深さに独自の視点を加え、過去・現在・未来をシームレスにつなげながら、物事の本質や表現の普遍性を問い続ける美術家。一貫したたおやかな作風でありながら、鑑賞者の既成の価値観をゆさぶり、潜在意識に働き掛ける様な作品で高い評価を得る。斬新でありながら懐かしさを感じさせるタイムレスな作品は、様々なシンボルや物語が、多重構造で鑑賞者との間に独特な空間を産み出す。媒体を問わない表現方法を用いて骨董・工芸・現代美術・デザイン、文芸など、既存の狭苦しい区分を飛び越え、日本美術の文脈を独自の解釈と視点で伝統と革新の間を天衣無縫に往還。主な展示に水戸芸術館 現代美術ギャラリー「クリテリオム65」、ポーラ美術館「天は自らを助くるものを助ける」、メゾンエルメス「雨奇晴好」、「面影」ワコールスタディホール京都 、「変容する家」金沢21世紀美術館2018、釡山市美術館「BOTANICA」2018、大分県立美術館「アート&デザインの大茶会」2018、さいたま国際芸術祭2020他多数。講談社から詩と小説の間の掌握小説「お休みなさい良い夢を」とプラープダー・ユンと共著の実験的な小説「色カラーズ」など三山桂依の名前で小説2冊を出す他、同名で映画や本、日本美術のコラムなど連載を雑誌などで執筆。

  • 「SPINNER」編集長/モデル
    前田エマ

    1992年神奈川県出身。東京造形大学在学中からモデル、エッセイ、写真、ペインティングなど幅広い分野での活動が注目を集める。現在は雑誌、WEB等でアート・服など様々なジャンルをテーマに連載を担当している他、ラジオパーソナリティも務める。

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