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DIALOGUE

2020.04.22

蓮沼執太×haru.

  • 対談:蓮沼執太・haru.
  • テキスト:上條桂子
  • 撮影:深堀瑞穂

藝大在学中にインディペンデント雑誌「ハイアーマガジン(HIGH(er)magazine)」を立ち上げたharu.さん。性や政治、教育や社会情勢といった普通の雑誌では扱わないけれども、彼女たち自身が関心のある事象を取り扱い、同世代の才能あるクリエイターたちと一緒に雑誌を作り続けていたが、2019年6月HUG inc.を設立。アーティストのマネジメントとプロデュースの活動を始めた。蓮沼執太さんは音楽作品のリリースを始め、蓮沼執太フィルを組織して国内外でコンサートを開催したり、映画や演劇、ダンス公演への楽曲提供など幅広い活動をする。インスタレーションや展覧会形式での作品発表等、精力的な活動をする。そんな2人が語った個性とは、ジャンルとは。

お二人は今回の対談が初対面と聞いたのですが、お互いの活動をご存じでしたか?

haru.:もちろん。お名前の漢字の形をすごくよく覚えていて。覚えやすい名前だなと思っていました。曲も、すごく前に誰か友人が持っていて聞いたんだと思っていましたが、自分のプレイリストを改めて検索してみたら入っていて。あ、いつの間にか買ってたんだ、と思いました。

蓮沼:本を作っているっていうのは知っていて、お名前も存じていましたけど、でもプライベートとかで会ったりしないですよね? 僕は全然社交場に行かないので、会わないのかもしれないんですけど。

haru.:私も行かないです。

蓮沼:それじゃあ会わないね(笑)。

haru.さんも社交場には行かないタイプなんですね。今日の対談のイメージとして、蓮沼さんは1人で部屋に篭って黙々と曲を作るタイプでharu.さんはチームで制作されるタイプなのかなと思っていました。人と繋がるっていうことがベースにあって活動をされているので、社交場が苦手というのが意外だと思いました。

haru.:もともと陰キャラなんです(笑)。普段からみんなと一緒にイエーイって盛り上がって楽しいっていうのは全然なくて。あんまり自分からグイグイいくタイプではないので、人と繋がるために雑誌を作っているのかもしれません。私は、自分一人で何かを産み出そうとは思ってなくて。何かモノをつくるときに、人との関わりがないと何も生まれないし、人と関わった時に初めて何か作りたいと思う。あ、この人をアーカイブしておかなきゃ!というような。なので、普段は割と家にいて、いまだ!っていう時に外に出るような気がしています。

蓮沼:僕は音楽をやっていますが、そもそも音楽って一人で作っても成立しないんです。必ず聴き手がいないとダメで、人だけではなく物に音楽を聞かせるっていうことでもいいのですが、何かしらの他者がないと成立しない関係性のなかの創作物なんです。どちらかというと僕は作曲家タイプの音楽家なので、パフォーマンスをして日々音楽に携わるというよりは、昔で言う五線譜を書く作曲家に近いんですね。孤独にコツコツやるタイプでもあります。

孤独にコツコツと曲を作っていく上で、歴史上の作曲家たちと対峙するようなことはありますか? 音楽ってものすごく長い歴史があって、その歴史の上で新しい音楽を作っているというか。

蓮沼:どちらかというと、過去に向かっているというよりは、いま起こっていること、自分が生きている時間軸に対して、自身は何ができるかということの考えの方が大きいです。現代はいろんな国の、いろんな時代の音楽をすぐに聴くことや調べることも可能です。曲の文法──つまり作曲法、音楽が作られる構成を頭で理解して自分に採り入れるようなことはあるんですけど、過去から続くコンテクストがあって、そこの線上にいるというよりは、 それらが分散的になって選び取る方法で制作をしています。

蓮沼さんの音楽を初めて聴いた時に、それは現代美術のアーティストのライブだったんですが、すごく開かれていて新しい音楽だなという印象がありました。批評家の方が蓮沼さんの音楽を「音楽っていうことが音楽に留まらない何かを求め続けている」という言い方をされていて、すごくしっくりきた感じがあったんです。その後、美術館で活動をされたり、映画に曲を提供されたり、ソニーパークみたいな場所でゲリラライブをやったり、現代アートのギャラリーで展示をされたりと、今までとは全然違う形での音楽の届け方をされているなと感じていました。そういう音楽の届け方は意識されていたのでしょうか?

蓮沼:届けるメディアがたくさんあるからこそ、聴き手の選択肢が増えるということを、僕としてはポジティブにとらえています。一部のミュージシャンはいま、CDやレコードのような録音物が過去のようにセールスに結びつかず、ライブを中心とした活動などで生計をたてています。直近の問題で新型肺炎ウイルスの影響でライブすることも出来なくなってしまうことは死活問題になっています。そういった環境下だからこそ、最初に言ったように一番大切なのは聴き手の存在だと感じます。聴き手がいろんなかたちで音楽に出会える方法があることは、単純に嬉しいんです。ラジオでもいいし、spotifyでパパッと聞くのも全然ありだと思うし、日比谷の野外音楽堂みたいに、伝統のある場所で前売り券を買ってワクワクしながら見るっていうのもひとつ。昨年11月に蓮沼執太フィルがソニーパーク地上で開催したゲリラライブの場合は、弾き語りのようなシンプルな音楽スタイルではなくて、わりと人数がいるオーケストラにたまたま銀座に居合わせた人が遭遇するというもので。音楽との出会いで人生が変わったり、何か気付きが起きたらいいなと思って活動をしているので、そのメディアが多様であるから、僕自身もメディアを限定せずに作品制作をしています。

蓮沼さんは活動を始められた初期の数年はずっとCDのリリースをメインに活動されていて、2011年のアサヒアートスクエアあたりからですかね、突然開けたというか、美術館とかいろんな場所でフィルも合わせて活動を活発にされている。すごいなあと思ったんです。

蓮沼:ちゃんとやらなきゃなって思ったんですね(笑)。音楽はただCDやコンサートなどで聴くだけのものではないっていうのは、ずっと感じていました。でも、まさしく2011年以降に意識的に音楽に向かおうと思い始めたのは確かですね。いろんな場所でやるのはもちろん、いろんな人、音楽の分野じゃない人とやるとか。それで単純に知り合いも増えたし、視野も広がりました。自分の創作意欲だけで音楽を作るのではなくて、いまはこういう問題があるから、そこにどうアプローチしようかと考えるようにもなりました。2011年は震災の時とも重なりますが、活動を続けて数年が経った時期なんですね。作品を作り続けていく中で、自分の作品や活動と社会や環境がどのように向き合っているのか、を考えはじめるようになりました。

一方でharu.さんは『HIGH(er)magazine(ハイアーマガジン)』という雑誌メディアを作られていて、最初の頃は美大生の女の子が作った雑誌だということで話題になっていましたが、実際の読者はきっと自分たちが求めていたものがここにあったと思っている人も多かったように思います。それを5冊出して、手応えはありましたか?

haru.:最初はドイツに住んでいた高校時代にZINE(ジン)を作り始めたのがきっかけでした。言葉の壁もあったので、自分のことをわかってもらう何かが必要で、それを紙に託した。周りの人たちと繋がる術だったんです。「ハイアー」を作ろうと思った時は、自分のことをわかってもらうというよりは、自分以外の人たちを巻き込めば想像を超えたものが作れるし、いろんな人と繋がれると思って作り始めたんです。普通の雑誌だと20代向けの雑誌は常に20代向けであり続けます。でも、「ハイアー」は私が年をとると読者も一緒に年をとり、一緒に成長していくようなところがあって面白いなと思っています。学生時代を経て就職をしたり、最近メンバーの一人が結婚をしたり、そんな感じでライフステージが変わるとまた内容も変わる。雑誌だけど生き物みたいな感じが面白いなと思っています。

今までは雑誌がharu.さんの表現活動だったのだと思いますが、昨年会社(HUG inc. https://h-u-g.co.jp/)を立ち上げられましたね。その2つはどういうバランスになっていくのでしょうか?

haru.:「ハイアー」は2019年2月に出したきりで次はまだ決まっていません。特にいつ出そうというのも決めていなくて。私のターニングポイントになるような時に出せたらいいなと思っています。新しい会社HUG inc.では、アーティストのマネジメントとプロデュースを主にやっているのですが、所属しているのは本当に様々で、webデザイナーがいるかと思えばモデルがいたり、ミュージシャンもいるしバイク乗りもいる(笑)。でも、全員がアーティストだということで活動しています。

面白いですね。普段はマネージャーや制作進行をしているメンバーもアーティストだということなのでしょうか?

haru.:はい。私は以前から周りにいる人にすごく影響を受けていて、それは彼らがものづくりをしているかどうかは関係ないんです。生き方とか、その人たちの言葉、紡ぐ言葉に影響を受けている。それだけ人に与えるパワーを持っているんだということをみんなが自覚したら、もっといい世界になるんじゃないかと思っていて。2020年2月にHUG inc.の合同展「ちいさな革命展」をしました。所属する8組の作家が全員ペアを組んで作品を作りました。

そういう時haru.さんはアーティストの一人として参加されるのでしょうか?

haru.:そうですね。ミュージシャンと組んで音の作品を作りました。展覧会名が「ちいさな革命」だったので、全員が自分のやったことないことにチャレンジしていきました。メンバーの清水新士くんと私の往復書簡を元に、ポエトリーリディングみたいな感じで、私の声や街の音を拾って作品にしました。この展覧会では、人に見せるというよりは、メンバー全員で展示を作り上げたということが、自分の中では大事なことだった。生きてるなって久々に思えたんです。メンバーと一人ひとりじっくり話をしながら準備を進めていったのですが、濃密な時間でした。展覧会のテーマは「解放」について話をしていたのですが、どのメンバーと話をしていても「解放は排泄だ」という展開になっていったりして。きちんと対話をする。お茶を飲みながら話をするというよりは、もう少し深く、考えてみようと対話をする時間がすごく充実していました。展覧会が終わって、排泄し切ったみたいですごい風邪を引いてしまいました(笑)。

haru.さんは藝大で芸術を学んで来られて、でも雑誌という媒体を選ばれたり、自分のことを個性がないとさらりと言ってしまっていて。藝大にいた時は、生きづらさみたいなことって感じていましたか?

haru.:めっちゃ感じていました。雑誌みたいなメディアって美大では、割と下に見られることがある。なんで雑誌なの? みたいに言われていました。大学はほとんどの人が現代美術のアーティストを目指していたので講評のときも、先生たちが戸惑っていましたし、私もその場に馴染もうとは思ってなかった。いつも卒業式が終わったタイミングでLINEグループの存在とかを知るんですよ。自分がそこに居ると思っているのに、居れていない。ずーっと、保育園くらいからそうなんです。なので、どこかで、完全に馴染めていないんだろうなっていう感覚があります。その馴染めなさをどうしようとは思いません。

既存にある雑誌に対抗して雑誌をやってるっていうことでもないんですね。

haru.:ないです。たまたま道端を歩いていて古本屋さんで昔の雑誌を見つけて。自分が生まれたくらいの95年頃の雑誌を見かけて、今読みたい雑誌もないし、自分でもやってみようって思ったくらいで。何かに対抗するだなんて気持ちもないし、新しいものを作ってやろうっていう気持ちもなかったし、いまもありません。

PROFILE

  • HUG inc / HIGH(er)magazine
    haru.

    東京藝術大学在学中の2015年、同世代のクリエーターとインディペンデントマガジン「HIGH(er)magazine」を編集長として創刊。翌年、株式会社HUGを設立。取締役としてコンテンツプロデュースとアーティストマネジメント事業を展開。

  • 音楽家
    蓮沼執太

    1983年、東京都生まれ。国内外でのコンサート公演をはじめ、映画、演劇、ダンス、CM楽曲、音楽プロデュースやリミックスなど、多数の音楽制作をする。最新作にEP『Oa』(Northern Spy 2019)。また「作曲」という手法を応用し物質的な表現を用いて、彫刻、映像、インスタレーション、パフォーマンス、ワークショップ、プロジェクトなどを制作する。2013年にアジアン・カルチュラル・カウンシル(ACC)のグランティとしてニューヨークへ。2017年に文化庁・東アジア文化交流史に任命されるなど、国外での活動も多い。主な個展に『Compositions』(Pioneer Works、ニューヨーク、2018)、「 ~ ing」(資生堂ギャラリー、東京、2018)など。第69回芸術選奨文部科学大臣新人賞を受賞。

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