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DIALOGUE

2020.04.29

佐内正史×御徒町凧

  • 対談:佐内正史・御徒町凧
  • テキスト:上條桂子
  • 撮影:深堀瑞穂

ただ、撮る。ありふれた日常の一瞬を切り撮り、フレームの中にその場の空気感を封じ込める写真家の佐内正史さん。97年に写真集「生きている」でデビューし、その後広告や映画のスチール、ミュージシャンのジャケット写真や書籍等で写真を撮り続けながら、コンスタントに写真集を出版。2008年には自身のブックレーベル「対照」をスタートし出版活動も行う。詩人の御徒町凧さんは、歌手・森山直太朗さんの楽曲の共作者であり、事務所の代表という仕事に始まり作詞家として様々なアーティストに歌詞や楽曲を提供したりと幅広い活動をしている。御徒町さんが月に一度行っているイベント「POETRY CALLAS」のゲストに佐内さんが来たり、写真詩集『Summer of the DEAD』を共作する仲だ。2人が考える軸の話は、人間や俗世を超えたものとなりました。

今日はお二人に軸についてお話をしていただければと思っているのですが。

佐内:軸、って軸って言われてみると考えたことないですね。軸がブレるとかブレないとかって考えたことない。俺は、立ってるだけ(笑)。軸のことなんて、考えたこともなかった。

御徒町:僕は能動的にやりたいことかどうかっていうのは結構意識してるかな。佐内さん、仕事断ったりもするでしょ?

佐内:俺、ないよ。なんでもやるよ。なんか仕事だと、なんでもやってみる。循環、循環があれば何でもいいと思っていて。で、循環がない時には自分が循環させるように、その、「いいとも」を歌ったりとか。「いいともろ〜♪」とかってやると循環してくる時があるんだよね。

御徒町:(笑)

佐内:あと最近はコマネチ。「コマネチ!」ってやると循環する。外人の撮影する時とかも全部コマネチ、そうすると流れるの(笑)。それは時間と場所によって、風が通ったり日が当たったりする場合がある。でも、自分の軸はなくて、ただ、立ってるだけ。

循環は、あると思う。回転とか。もともと写真って氷の世界。氷をどういう風に溶かしたらいいかっていうことをいつも意識していたんだけど、最近は凍っててもいいかなって思い始めた。20代の頃は凍ってた。冷凍庫の中から始めて、冷凍庫を開けようって思い始めて。

わかるような、わからないような。もう少し話していただいてもいいですか?

佐内:写真やってると、二度と会わないとか「二度と」っていうことや「絶対に」っていうことを一生懸命やっていて。今日御徒町に会ったけど、二度と会わないと思っているし、もし明日会ったとしてもそれはまた違う御徒町だから、今日の御徒町は二度とない。そういう意識がすごく強くなっちゃうんだと思う。今日の御徒町にはもう会うことはできない、絶対に。それが決定されている。それって氷の世界じゃないですか。すぐ凍りますよ。写真をやってると、そこが凍るっていうのがすごくみんなわかると思う。

写真っていう四隅を決めていく世界で。「四隅を、決めない、決まった、凍った」って思ったら何センチか前に行くとそれが溶けるというか。決めた中で被写体の人に動いてもらうと、凍った世界の中が溶けたり。自分が好きじゃない色を四隅にいれてみるとかね。そういうので四隅が壊れていくんですよ。四角をずっとやっているんですよね。氷も四角だし、冷蔵庫も四角、四角ばっかりなんですよ。その四角の中で変形させよう、動こう。昨日のことや明日のことなんかも混ぜちゃおうということをやってます。俺は写真しか勉強してきてないから、そういう風に考えていますが、御徒町さんは詩をやってきてどうなの?

御徒町:詩を書いて、詩に近づくっていう感覚があって。詩とも思わずに書いてきたものが、思わぬ時に自分がこんな詩を書いたんだということに気付くことがあって。その詩と自分にギャップがあるときに、詩に近づいたという感覚が昔からあったかもしれない。どっちが先なのかなとは思うけど、でも詩が先にあるなとはいつも思う。写真って撮れないときってあるの?

佐内:ない。俺は。まったくないかな。いっくらでも撮れるよ。

御徒町:ないんだ(笑)。たまに、動く、動かないみたいなことを言うときあるじゃん。

佐内:あー、ここは撮れないなって言うのね。それはあるけど。寝る時にさ、写真撮れないな、とかって考えたことがないっていうこと。そういう考え事をしたことがないんだよね。ただ、表参道とかを歩いていて、うーんここは撮れないなっていうのはあるよ。ユノクルが循環してないから。

御徒町:ユノクル? 何それ?

佐内:(笑)。ユノクルっていうのは、アニメに出てきたんだけど。高次元の言葉。地球上の言葉ではなくて。さっきの循環とか愛に近いものだと思うけど、愛とか循環がないと撮りづらい。でも、たまにそういうところに行きたい、行って撮ってみようと思うこともある。こないだも行ってきた、撮りたくないなっていう場所に。

御徒町:その時は撮れたの?

佐内:すごい撮った(笑)。絶対撮りたくないような場所でね。ドラクエで言ったら、ここの洞窟に入ったら絶対にパーティ全滅っていうような洞窟。でも、その洞窟は攻略したくなっちゃうんだよね。ソロだと無理なんだけどパーティを組んで洞窟に行ったの。被写体も含めて4人で。撮影が始まると、4人いれば攻略できるんだ。御徒町と一緒にマカオ行った時も、一人で行ったら絶対に全然撮れないと思うんだけど3人だったから攻略できた。いろんな毒攻撃を受けるんだけど、御徒町さんは戦士だよね。俺は僧侶。もう一人は盗賊くらいな感じで。回復呪文をかけながら(笑)。

御徒町:(笑)。詩でも書けないときってすごくあって。俺はそれは集中力の問題だと思っていて。こないだもイベントの時にコロナの話になって、「コロナ嫌だよね」って話をしていたら佐内さんが「人間だね」って言い始めて「御徒町は人間が多い、俺はコロナとかは、あんまり、ただ見てるだけ」って。その気持ちはすごくわかるんだけど、普段油断していると人間的な感じが強まっていって、そうすると詩が書きづらい部分があって。そういう詩になってしまうというか。ざっくり言うと、それって詩なの?っていう表現になってしまう。だから、その日以降すごくよく考えるんだけど。

佐内:確かに言ったね(笑)。その時の言葉が残っちゃったんだ。

御徒町:戦士って話じゃないんだけど、つくづく自分は人間だなって思う。俗っぽいことも好きだし、人が好きなんだよね。人間としてどう詩と向き合っていくかということから逃げちゃダメだなと。でも、その感じだけだと、イメージする詩の世界に行けないので、どうやったらいいのかなと思って日々試行錯誤している。人間的な部分というのは、すごい好きで、愛らしさでもある。だけど、どうやって距離をとっていけばいいのかなっていうことは、よく考えます。

佐内:俺も人間って愛らしいと思うよ。人間が愛らしいと思うのって、外側から見ている感じじゃない。それこそ御徒町が人間じゃないんじゃ?

御徒町:えーどうなんだろう(笑)。人間になろうとしてもがいているのかもしれないんだけど。人間に向かっているのか、人間から離れているのか。どうなんだろう。基本的には自分にまつわることもあらゆることが他人事だっていう意識もあるんですよね。でもそれは性格のような気もするし。でもやっぱり人間からは離れていきたいなとは思っている。

佐内さんも詩を書かれますが、佐内さんの詩はどうなんですか? 人間からは遠いですか?

御徒町:佐内さんの詩は、その点で言うと限りなく人間が薄い気はするかな。すごく主観で書かれているけど、その部分がすごくぼやっとしているというか。俺ってこうだ!っていう詩じゃない。よく言うんだけど、佐内さんの詩って夢の中みたいだなって思う。夢の中って荒唐無稽なんだけれども、そこで感じていることって現実で思っていることよりも実感が強いというか、佐内さんの詩はそういう感じがする。いいとか悪いとかはよくわかりませんが、詩の在り方としてそれはいいなあと思います。俺はいろんな詩を書くんだけど、そういう感じで詩を書く時もあるし、まあ、よくも悪くもいろんな詩を読んだり書いたりしてきたから、型で書けるようなところもあって。佐内さんの書く詩というのは、そこに関してブレがない。

型というのは、あった方が自由になれる場合と、ない方がいい場合の両方があると思うんですけど。先ほど佐内さんが写真の四隅の話をしていましたが、その場合は四隅という型があって、その中で自由になっていくような。

御徒町:そういう考え方もあるけど、俺は型は要らないと思ってる。ただの経験とか蓄積に基づいているだけのものだから。過去にいっぱい詩を書いたり見たりしたことってただの経験で、じゃあいま詩を書くっていうのは本当の“今”のことで、できるだけ過去の経験から解き放たれたいと思う。でも、身体は自分がやってきたことに引っ張られちゃうっていうジレンマはあって。でも、それもひっくるめて、まあやるか、っていうのが自分のスタンスなんだよね。あんまり足を止めたくないなと。

佐内:やっぱさ、洞窟なんだよね。詩もそうなんだけど攻略しなきゃいけない。詩っていう洞窟、洞穴があって。そこは一人だとクリアできない場合もある。あとは、文字を書くっていうことがそうさせてしまうところがあって。俺は詩を書く時に、よく消すんだけど、書くことって俗物だから俗物的な言葉が入ってきやすい。(スケッチブックを見ながら)いま消したのは「はっきり」っていう言葉なんだけど「見える」だけでいい。最初は「はっきり見える」って書いていたんだけど、この洞窟の毒攻撃にやられてHPなくなっちゃうなと思って「見える」だけにした。「はっきり見える」って、その時は思ったんだと思うけど、文字にした時に俗っぽく見える。写真もそうなんですけど、レンズを覗いた時にこの看板入れようかなって思って、でも俗っぽいから入れるのやめようって思ったり。

PROFILE

  • 写真家
    佐内正史

    写真家。1968年静岡県生まれ。写真集『生きている』(青幻舎/1997年)でデビュー。2003年、私家版『MAP』(佐内写真事務所/2002年)で木村伊兵衛賞を受賞。2008年からは独自レーベル「対照」を立ち上げて私家版写真集を発表し続けている。

  • 詩人・作詞家
    御徒町凧

    詩人。1977年東京生まれ。2006年第一詩集『人間ごっこ』を刊行。以後も詩集を発表し続け、最近の著書としては『Summer of the DEAD』(18年)、詩集『雑草・他』(19年)などがある。また、歌手・森山直太朗の楽曲共作者としてほぼ全ての作品の作詞を手がけ、2008年、楽曲『生きてることが辛いなら』で「第50回日本レコード大賞作詞賞」を受賞。2019年1月から自身主催の詩の朗読会『POETRY CALLAS』を月一で定期開催している。

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